第112話 恋敵


 ルド・ハイファはさすがに分が悪いと思った。

 ジルベルト一人なら何とかなるかもしれない。しかし、この特撰魔術師と二人となればさすがに荷が勝ちすぎている。


(ここは一旦退くか――?)

そう、思考がよぎる。


(動きが止まった。思考している証だ。今なら、話ができる――)

キールはこのタイミングを逃さなかった。


「ルドさん、組織を抜けた後の組織からの追手の問題が気になるところだろう? その件だけど、僕が力になれるかもしれない」

キールは間髪入れずに言葉を投げた。

「どのみち、ジルベルトのこともあるからね、一人が二人になったところであまり変わらないと思ってる」


「どういうことよ?」


「ああ、俺もこのキールさんに厄介やっかいになるって話さ。俺もさすがに組織からの追手を対応し続けるのは無理だろう、いつかはやられるだろう、と思ってたんだけどな。そんな時、この人から声を掛けられたんだ、僕に協力しないかってな」

ジルベルトが割って入った。


「だから、どういうことかって聞いてるのよ!」


「もうわかってるだろう? お前も俺と一緒にキールさんに協力しないかって、そう言う話だ」


「ルドさん、ジルベルトはどうも気付いていたみたいなんだよ、自分を監視しているのがあなただって。組織のやり口ってのもよく知ってる。おそらくあなたが最初の刺客として派遣されるだろうって――。それで、ジルベルトが僕に言ったんだ、助けてくれねぇかってね」


 ジルベルトの思いはそれほど複雑なものではない。

 刺客として差し向けられたルドを殺すことは躊躇ためらわれる。かつて愛した女だ。しかしだからと言って、おとなしく殺されてやるわけにはいかない。ジルベルトも新しい世界を今は見ているからだ。それならば、いっそ、こちらに取り込めないかと、そう考えているにすぎない。


「ルドさん、僕はどうやら自分でも気づかないうちに相当ヤバい魔術師になってしまっているらしい。おそらく、国防レベルの存在だ。僕みたいなただの学生がそんな存在なんて、ちょっと信じられない気分だけど、なんだかんだと、周りがうるさくなってきているのはよくわかってる。例えば、メストリルとウォルデランの両魔術院とかね――」


 キールの存在はこの両魔術院にとっても今や大いなる脅威になっている。メストリルの魔術院とは協力関係を結んだが、ウォルデランの魔術院、つまり、『火炎の魔術師ゲラード・カイゼンブルグ』とはまだ出会ったことも話したこともない。

 そちらがどう出てくるかはまだ見当もつかないでいるのだ。


「だから、協力してくれませんか。『シュニマルダ』、つまり『火炎の魔術師』との交渉もこれから取り掛からないとと思っていたんです。協力関係になるにせよ、敵対関係になるにせよ、遅かれ早かれこの問題は僕の前に立ちふさがる。どうです? ジルベルトの想いというのもんでやってくれませんか?」

 

 『シュニマルダ』とウォルデランの国家魔術院は表裏の関係だ。火炎の魔術師との関係イコール、『シュニマルダ』との関係という事になる。


「そんな――、急にそんな話、信じろと言う方が無理がある――」

「信じろ――」

ジルベルトは一瞬の間も挟まずそう言った。


「俺を信じろ、ルド。今より悪いようにはならないさ。何より俺はお前に協力してもらいたい、本気でそう思っている。お前は俺が守る、誓う、必ず守る――」


「誓う――。本気なのね、ジル。あなた、本気で命がけで守るつもりなのね」


「ああ、コイツには一度殺されかけている。拾った命だ。コイツの為に使うのが道理ってものだろう?」


「でも、それじゃあはどこにあるっていうのよ?」


「お? 知らなかったか? 長く付き合っていたから知っていると思ってたんだが、俺にはんだぜ?」

ジルベルトはおどけた表情で言って見せた。


「くっ、はははは――。あんた、本気でこの子にれたってんだね? じゃあ、新しい恋敵こいがたきから愛しい人を取り戻さなくちゃならないじゃない――」

そう言ってルドは笑った。

「――どうせ、襲撃に失敗したわたしには行く道がないわ。組織の中での今のポジションはもうこの先どうやっても手に入らない――。分かったわ。わたしも鞍替えして新しい道を一緒に歩いてあげるわよ」


 ルドはそう言うと、両手を広げて肩をすくめてみせた。


『聞いてた!? わたしも組織を抜けるわ! 帰ってそう、伝えておいて。わたしもジルと共にキールさんについて行くことにするって――!』

物陰に向けて少し大きめの声でそう投げる。


 その物陰から何者かの気配がふっと消えた――。おそらく、報告に向かったのだろう。


「さあて、新しいご主人様、そして新しい恋敵さん。私に見せてくれるその新しい道ってのに、期待してるわよ?」


 ルドはそう言うとキールに向かって右手を差し出す。


「ああ、期待以上のものを用意してみせるさ――」


 キールは軽く微笑むとその右手をとった。





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