第107話 そりゃ簡単にハイ終わりってわけにはいかないよね


「ジルベルトが私闘で敗北いたしました――」


 この報告を聞いたシルヴィオ・フィルスマイアーは即座に決断した。この男こそ闇の一党『シュニマルダ』の現在の頭目である。


「そうか。掟は守られねばならん。すぐに処置を開始しろ――」


「はい、かしこまりました――」

一党の一員、ルド・ハイファは一つ返事を返し、闇に掻き消えた。


 ゲオルグ・カバネラ、ジルベルト・カバネラ。この二人の孤児兄弟を育てたのはほかでもないこのシルヴィオであった。

 どころか、カバネラという名を与えたのも彼だ。

 しかしながら、彼の「育てた」というのはもちろん、我が子としてという意味ではない。


 この二人の孤児は、辺境の国で朽ち果てかけているところをシルヴィオが自ら拾ってきた。

 拾ってきたのはただ彼らに「魔法」の才覚があったからだ。錬成「2」の才覚を見抜いたシルヴィオはこの二人の孤児を拾ってウォルデラン王国の『シュニマルダ』本拠まで戻った。その後、二人に魔法を仕込んで一人前の暗殺者に育てた。

 しかし、兄のゲオルグは素行があまりよくなく、一党の目をかいくぐり私的にその能力を使って商人どもに取り入って闇の仕事を請け負ったりしていた。

 結果として、メストリルの娼館主、エドワーズ・ジェノワーズのところへ向かったのを最後に帰らぬ人となった。その後、弟のジルベルトはこの兄を追ってメストリルへ旅立った。もちろん目的は仇討ちだろう。

 兄の敵討ちという目的は、理解できないことはない。太古の昔であれば、「その気概や、あっぱれ」とでもいうところだろう。

 しかし、『シュニマルダ』に属する以上、私的な目的による闘争、つまり「私闘」を行う場合、必ず勝利せねばならないとしている。敗北は組織の『威信いしんの失墜』に直結するからだ。

 こういった闇の組織にとって、『威信』というものは想像以上に重い。

 これがあればこそ、組織の者たちはできうる限り仕事をこなすことができるからだ。

 『威信』が高ければ、その名を出すだけでことる事態というのも多くある。そうなれば、無駄に血を流す必要もない。当然、結果として、組織の者たちも「安全に」仕事を完遂できるというわけだ。


(いたし方あるまい――。あの兄弟にはそれなりに期待していたのだが。特に兄の方の「魔法」の才覚は非常に高かった。結局、相手が悪かったというだけだろうが、ジルベルトも私闘を挑んだからには決死の覚悟であったろう。それでも勝てなかったのだ――)


 キール・ヴァイス――。


 まったくとんでもない魔術師が現れたものだ。

 これまでのいきさつについてはすでに調べがついている。ゲオルグとエドワーズが焼死した「からくり」はいまだよくわからないが、直前にキールと闘争していたことから、何らかの関係があることは察しがついていた。

 そして、今回、そのキールとジルベルトが対決した。ジルベルトはキールに降参を申し出たという結末だ。

 そういった報告を今しがた受けたところだった。


(やはり、警戒はしなければなるまい。からも聞いてはいたが、まさかこれほどの術士だとは――。聞けばまだ、王立大学に通う学生だというではないか、できうることならあまり関わりたくはないものだが、かといってジルベルトを放置しておくこともできない――) 


 ルドに任せておけばまあ何とかするだろう。なんといってもアイツは――。



******



「そうか、わかった。ご苦労だったな、しかし、結局、その「謎の男」もそのままルイの娼館に居座るというのであれば、今しばらく監視を解くことは出来そうにないな。アシュリはそのままその男の監視を続けてくれ。『シュニマルダ』の掟は知っている通りだ、あやつらがこのまま放置するとは思えない――」

ネインリヒは、事の顛末てんまつを報告に来たこの女性にそう言った。


「かしこまりました」

アシュリが即答した。


「俺の方は、キールを監視してていいんですかね?」

ミヒャエルが質問する。


「ああ、お前はそのままキールを見ててくれ、もしかしたらキールの方へも『シュニマルダ』から何らかの接近があるかもしれんからな」


 ネインリヒはそう告げると、作戦に戻るようにと右手を振った。


 しかし、この状況を乗り切って見せるとはさすが、キール・ヴァイスと言ったところか。院長もある程度このような結末を予想されておられただろうが、聞くだけで鳥肌が立つほどの圧勝ではないか。

 しかも、ほとんど相手に「魔法」を使わせなかったというではないか。ジルベルトがしたことと言えば、「物体移動」を使った身体加速移動を2回行っただけなのだ。

 あとは、ただ茫然とキールの前に立ち尽くし、その後キールと共に闇に消え、数分後、戻った時にはすでに決着がついていたという。


 これはいよいよキール・ヴァイスの使う、異常な「魔法」についても本格的に調査を開始しなければならないかもしれない。


(これは本当に、国防レベルの魔術師が既にこの国に誕生しているのかもしれない――)

 おそらく、『シュニマルダ』もこの情報をつかんでいるだろう。われわれが知っていることは、あの方、火炎の魔術師ゲラード・カイゼンブルグの耳にも入っていると思っていいからだ。

 ゲラードと『シュニマルダ』は表裏一体の関係だ。ゲラードが国政の表なら、『シュニマルダ』は裏だ。ウォルデラン王国はそうやって成り立っている。そうして、その影響力と諜報能力はこの世界でまさしく最高峰のものだ。

 ウォルデラン王国が地方の小国でありながら、大国以上の世界への影響力をもつと言われるのはそれが故だ。


 しかしその前にこのことをニデリック院長へ報告しなければならない。


 ネインリヒは、まだしばらくの間、深い眠りにつける日が来ないであろうことを察して途方に暮れてもいた。

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