第106話 収束


 その後、キールはルイとジルベルトを解放することにした。

 ようやくこの件も落としどころが定まりそうだ。


 二人に適当に別れを告げ、キールは部屋に戻った。二人はしばらくそこに立ち尽くしていたようだが、さすがにいつまでも茫然としているわけにはいくまい。そのうち勝手に行動しだすだろう。


 部屋に戻る頃にはもうそろそろ夜が明けようとしているころだった。夏前のこの時期だから、夜は短い。ただ、大学に行くまでにはまだ少し時間はある。ひと眠りできるだろうか。


 ベッドに横になる。

(さすがに疲れたな――。ボウンさんと出会えたのはラッキーだった。それに、『幽体』が他人に対しても発動できるなんて、うれしい誤算だったな――)


 「出来るかもしれない」と思ってなかったわけではないのは事実だ。しかし、試したことがなかったのもまた事実だった。

 それに「ボウンの部屋への扉」はいつでも現れるわけではない。


(あの人、本当に「神」なんだろうな。たぶん、こう言う状況もどこかで見てるのかもしれない。今度会ったらお礼を言わないと、だな――)


 などと考えているうちに安らかに闇へと落ちていった。



******



 ルイとジルベルトはその後どうしたか?


「おい、お前。おれを用心棒として雇え」

ジルベルトはルイに向かっておもむろにそう言った。


「な、なんだよ? まだ俺に付きまとうつもりか?」

ルイが警戒して答える。


「お前なぁ、人の言葉をちゃんと聞いた方がいいぞ? 俺は「雇え」と言ったんだ。お前の店にもいろいろと問題が起きているだろう? 例えば、貴族家のネスレウトとアーニャの問題とかだ――」


 唐突に出された名前にルイもたじろいだ。

「お前、どうしてそれを――」


 実はルイの娼館にいる「接客係」のアーニャが、ネスレウトという貴族家の馬鹿子息ばかむすこに無理な「接客」を強要されかけて、激怒して殴りつけるという事件があった。これをきっかけとして、その貴族家からアーニャの身柄の引き渡しと賠償金の支払いを要求されていたのだ。

 今のルイは経営者としては未熟すぎる。実際、相談できる相手もいない。従業員たちは仕事はしてくれているが、経営陣に加わってくれているわけではない。


「お前、このままじゃ本当に鹿のまま食いつぶされるぞ? おれもまあいつまで生きていられるかわからない身になっちまった。せめて残りの人生ぐらいは人のために生きてもいいかもなと思った。だから、俺を「雇え」。いくらかは役に立てるだろう」

ジルベルトはルイをじっと見つめていった。


「よ、よし、分かった。なんだかんだ言っても親父はあれで、なかなかの商人だったんだ。その才覚は間違いなかった。ただちょっと悪いことをしすぎたんだ。それで命を落とすことになった。俺はそれを教訓にする。だから、そう言う方向でサポートしてくれるというなら、雇ってやる!」

ルイもどうやらすこしは気概が出てきたようだ。


「なにが、雇ってやるだ! 調子に乗るな! お前の首をひねるぐらい俺にとっちゃ朝飯前なんだ。そうやってお前の代わりに店をもらってやってもいいんだぞ? まあ、いい。しばらくは生かしておいてやる。その間に一人前の商人になるんだな。出来なけりゃ、店は俺がもらう」

ジルベルトはそういってルイに詰め寄った。


「やっぱり、粘着するんじゃないか――」

「まあそう言うな。たのしくやろうぜ、相棒」



******



(何とか間に合ったようだ――)

この森の広場で起きていた一部始終を闇に紛れて見ていたものがいた。

 ミヒャエル・グリューネワルトとアシュリ・ノーマ。

 国家魔術院ネインリヒ配下の諜報部員の二人だった。


 先程まで二人の目の前で話し込んでいたルイ・ジェノワーズと「謎の男ジルベルト」は王都の方へと戻りかけるところだった。


「じゃあな、アシュリ。俺はキールを追う。まあ今日はもうさすがに何も起こらんだろうが、キールが寝付くまで追った後、ネインリヒ様に報告しておく――」

ミヒャエルが傍らで一緒に潜んでいたものにそう告げた。


「わかりました。私はあの2人を見届けます。おそらくルイの店に戻るでしょうが、そこまで追ったら私も報告に向かいます――」

アシュリと呼ばれたその女性はミヒャエルにそう返すと、行動を開始した。


 ミヒャエルはアシュリが動き出したのを確認すると、キールの後を追った。いまからなら部屋に戻るまでには追いつけるだろう。


 しかし、あの小僧、キール・ヴァイスは相当にやばい。

 途中でキールと「謎の男」が掻き消えたのには相当驚いた。あれも魔法なのだろうが、いったいどういう魔法なのか、ミヒャエルには想像もつかない。


 だが、結局死人は一人も出なかった。その上、ある程度収まりも見せている。


(本当に面白い男だよ、キール・ヴァイス。おれはファンになりかけてるぜ?)

ミヒャエルはキールのあとを追いながら笑みを漏らしていた。







 

 

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