第103話 最強の素人魔術師、再び


 キールはこれまでのいきさつを語り始めた。

 相手が知らないことをこちらからわざわざ話すのもどうかと思いもしたが、話して理解してくれるならその方が話が速い。それでももし納得できないというのなら、その時は対決することになるだろう。

 

 アレが事故で、自分には全く非がないことだなどというつもりは毛頭ない。キールが掛けた魔法が結果的に二人を死に追いやったことは間違いのない事実なのだ。

 しかし一方で、自分としても自分の身を守るためにやったことだ。それまで否定されるのはこちらとしても納得できない。仕掛けてきたのはそちらからなのだ。それを恨みというのなら、逆恨み以外の何物でもない。


「――つまり、兄貴はお前との対決で敗れた、と、そういうのか?」

大筋の話を聞いたジルベルトはそう返してきた。


「少しばかり僕の方が上回っただけだよ。君のお兄さんは腕のいい魔術師だった――」

キールは社交辞令ともとれる言葉を返す。

「結果は残念なことになった。僕も必死だったのでね。だから、君たちに謝る気はないよ。僕も僕で胸が痛まないこともないが、やるかやられるかの状況であればやるしかない。それを否定されるいわれはないだろう?」


「そうか。お前、相当な魔術師だな? やべぇ匂いがプンプンしてる」

ジルベルトがキールに投げた。

「けどな、俺は――、『シュニマルダ』だ。兄貴がお前を襲ったのは、組織の仕事じゃなかった。おそらく、コイツの親父との個人的なやり取りによる仕事だろう。こう見えて『シュニマルダ』は結構古いところがあってな。組織にはおきてというものがある。私闘による敗北は即刻死罪とされてるんだよ。俺がお前を狙ってるのも仕事じゃない。つまり、私闘にあたる。このまま引き下がるわけにはいかねぇんだよ!」


「なるほどね。じゃあ、かかっておいでよ。二人掛かりでも構わないよ。降りかかる火の粉は払うしかないからね。そうなったら君たちにはこの世から消えてもらうだけだ――」

キールの目に闘争心の灯がともる。そうして二人を順に見つめる。


「お、おれは、もうどうでもいい! 親父のことなんかもうどうでもいいんだ! おれはやらない!」

ルイがキールの視線に耐え切れずわめいた。


「そっちの君、ジルベルト、と言ったかな。君はどうする?」


「聞くまでもないだろう?」


「そうか……。ルイ、縄をほどいて、袋をとってやって――」

キールは男の隣にたたずんでいるルイに命じた。


「い、いいのか? 危なくないか?」


「君には関係のない話だろう。まあ、君には証人になってもらおうか。これは魔術師同士の決闘だったってちゃんと証言しろ。魔術師同士の決闘ならどっちが死んでも罪にはならない」

キールはそう言って落ち着き払っている。


 ルイはおずおずと縄を解いて、ジルベルトの頭から袋を外した。


「このまま逃げるかもしれないぜ?」

ジルベルトがそう言ってキールを見やる。


「まあそれでもかまわないさ。いつでも相手になってやるよ。といっても、この状況でここから逃げられると思うような馬鹿には見えないけどな――」


「ふ、ふふ、ほんとに口が達者な奴だな、後で泣き面さらすなよぉぉおおお!」


 言うなり、ジルベルトが『物体移動サイクス』の魔法を発動してキールに向かってきた。こいつの兄貴もそうだったが、体術に自信のあるやつは大抵そうだ。

 先制攻撃を仕掛けてペースを握ろうとする。一撃で倒せればそれに越したことはない。虚を突けば、よしんばかわされたとしても反撃を受けることはない。


――そう考えている。


 キールはジルベルトが近づいてくるのに合わせて、すでに魔法発動を開始している。こいつの兄貴とやった時からもう1年半が経っているのだ。その間、何もしてこなかったわけじゃない。


 ジルベルトはキールの懐に入るまでもう数センチのところまで迫っていた。得物ぶきを持ってはいないがこぶしがある。一撃入れれば卒倒させることぐらい朝飯前だ。

 

(もらった!)


 とそう思った。キールの鳩尾まであと数センチで到達する、はずだった。


 しかし、目の前にキールはもう存在していなかった。


「なに!? 消えた? だと?」

ジルベルトの拳は空を切る。


 あわてて態勢を立て直すジルベルトの背中から、キールの声がした。

「残念だったね。君より早く動ける人間もいるんだよ――」

 

 キールは魔法『空間転移』を発動していた。


「速いなんてもんじゃねぇ! お前、何をした? 『物体移動』の魔法でもそんなに速いわけがねえんだよ!」

ジルベルトは態勢を立て直すと、さらに加速した。


 二撃目の拳が今度はキールの顔面を襲う。

 またもや空振り――。


「くぅ! くそが! ちょこまかと逃げやがって――」

「誰が、逃げたって?」

キールの声が耳元から聞こえた。


 ドゴオオオッ!


「ぐはぁ――!」


 それは突然のことだった。


 ジルベルトの目の前から消えたキールは実はジルベルトのすぐ背後にいたのだ。

 キールから見れば、空振りした態勢のまま悪態あくたいをついているジルベルトが目の前に背中を向けて立っている格好になる。

 こんなにたやすく手が届く距離にいれば、なんだってできる――。


 ジルベルトは自身の背中からとてつもない衝撃を受ける。大岩が背中にぶつかったような感覚だ。


 魔法「岩石生成ロックエレメント」――。

 初等魔法の一つだ。

 しかしそれをまともにゼロ距離で受ければ、地面にたたきつけられるのと変わらない衝撃を受けることになる。



 ジルベルトはその衝撃で前に吹き飛ばされた。

 ゴロゴロと地面を4、5回転、転がりながらもなんとか受け身をとる。体中がきしんで悲鳴を上げている。ようやく体を起こすとキールを見上げてこう言った。

「お、おま、え……、なんな、んだよ――? 悪魔か――」


「ただの学生さ――。最近魔法を覚えたての、ね――」

キールは表情を変えずに言い放った。



 

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