第96話 ニア・ミス
この下宿宿はカインズベルクのメイリンさんのところと比べれば、若干狭い。ただの下宿宿と言ってもそこは世界で一番大きな都市と言われているカインズベルクの下宿宿だ、このメストリーデと比べるのがそもそも間違っているのかもしれない。
とはいえ、学生の自分にこれ以上の広さの場所に移るなどという余裕はあまりない。去年一年の間も、ケリー農場での仕事があったから維持できていたともいえるのだ。今はそうやって、稼ぎに行っている時間がない。たまに送ってくる父母からの仕送りをやり繰りしていかなければならないのだ。
(まったく、ホントにあの二人はいったい今どこで何をしているんだ? 息子もじいちゃんもほったらかしで、自由すぎるにもほどがあるだろう――)
などと思っていたところに、郵便が届けられた。
どこかから
『キール、元気でやってる? 私たち二人は相変わらず楽しくやってるわ。あなたも学生生活を楽しむのよ。人間生きている間しか生きられないんだから、精いっぱい自由に楽しんでくださいね。じゃあ、頑張って、またね。 母より』
以上――。
なんなんだこれ? わざわざ書く必要があったのか? まったくもって意味不明だ。
いやそんな事より、仕送り、
「はあ――、あいかわらずだなぁこの人。って、親父は? 親父の話は何もなかったんだが?」
と思っていたら、もう一通またすぐに届いた。
(いやいやいや、今読んだところ、タイミング、ほんとにおかしくね?)
と思いながら、封を切る。
『キール。やあ、とうさんだ。がんばれ、またな』
以上――。
いやいやいや、あんたそれだけ? それだけですか? もう3年ほども会ってもいない息子に対して言えることはそれだけですか!?
「つっても、そういやこの人、絵は天才とか言われてるけど、文章はほとんどかけない人だったわ――」
そうして、もう一枚紙切れが入っていた。
「あ、あ――! 来たよ、これこれ、これを待っていました!」
そう言って取り出したのは、『
そこにはそれなりの金額が記入されている。これだけあれば、しばらくはお金の心配をしなくて済みそうだ。
キールは、父の文字が並んだ紙切れを放り投げ、その『小切手』を握りしめて、外へ飛び出した。
下宿宿を出て、
「為替省」というのは、王国の機関である。どうして、「小切手」と王国に関係があるのかというところであるが、この世界、いわゆる民間の銀行はない。その代わりに、「世界為替取引条約」という国家間条約がある。つまり、銀行のような役回りを国家の一機関が担っており、それが国家間でやり取りをして、金を預かったり、貸し付けたりしているのだ。それが「為替省」というわけである。
何度も申して恐縮であるが、この世界の基準は「自由経済主義思想」と言われるものだ。国家間を人民が移動するにあたって障壁となるものがあるとすれば、それは、「言語」と「通貨」である。
このあたり、この世界は恵まれていた。
この世界は大きな一枚の大陸プレートの上にいくつもの国家が存在している。その周囲は前人未踏の地がぐるりと周囲を取り巻いていると言った。
現在において、「世界」というのはこのプレート上の国家群を指している。それは、その「果ての地」の先に何があるのかを未だ人類が知らないからに他ならない。
ともあれ、この一枚の大陸プレート上の国家群はその起源を同じくしていると見られており、言語も通貨も大昔から同一の統一のものを使用している。
――というわけだ。
キールが一目散に王都へ向かったのは、いわゆる「お金」を手に入れるためなのであった。
机の上に開かれた封筒が二つ、一通の手紙、そして床の上に一枚の手紙――。
キールの部屋に取り残されたそれらのものに書かれた言葉があまりにそっけなかったことも、この扱いを見れば、さも当然と言ってもいいかもしれない。
良くも悪くも、手紙というのは「
******
ジルベルトは「キール」がかけ出していくところに出くわした。
後を追おうかとも思ったが、走っていく対象を追うには自身も走らなければならなくなる。そうすれば周囲の人間には後ろを走って追いかけていることが一目瞭然だ。
(ちっ、なんだかんだ、間の悪い奴だなぁ――。仕方ない、今日のところは、部屋の様子を探る程度にしておくか――)
そう思ったジルベルトは、下宿宿の脇から、キールの部屋と思われる部屋に目星を付けるとすっと1階の屋根部分へと登った。そうして、部屋の中を窓からうかがう。
部屋の中は綺麗に片づけられていて、整頓されていたが、先程届いたばかりの手紙が散乱していた。
しかしながら、それ以上に何か目に引くものは見当たらない。
(手紙――か。まあ、差出人を調べる手はあるが、先程駆け出して行ったってことは、その手紙と関係があると考えるのが妥当だろう。しかし、その内容を確認することは難しいな――。まったく、意外と正体不明なやつだな……)
仕方なくジルベルトは今日は諦めて、王都の方へと向かった。
しばらく、ルイの顔を見ていない。資金の調達にでも行くか、と王都のルイの娼館へと足を向けた。
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