第95話 ロック・オン
クルシュ暦367年6月上旬――。
ジルベルト・カバネラは王立大学生に扮して、校内に潜入していた。これまで、彼の容姿や年齢などについては全く触れていなかった。
年齢は21歳、その容姿はまあ「ふつう」だ。特に男前でもなければ、気品があるわけでもない。いわゆる「田舎から出てきた夢にあふれる若者」を装うのに特に何も障害はない。王立大学に潜入するのは実はさほど難しくはない。
授業の大半が講義形式の形をとっており、学生の管理に関しては「ざる」のようなものだ。週一程度の「
普通に校内をうろついたりしているぐらいでは、気にも留められないというのがこの環境だ。
ジルベルトは、学生風の身なりを準備し(もちろん、ルイの金で)、校内をうろうろしながら情報を集めて回っていた。
なにせ、情報が「キール」という名前だけしかない。
(見つけられるか――。まあ、名簿をみれば数名の学生に絞られるだろうから、一人ずつつぶしていけばいい――)
そう思い、大学に潜ってからひと月ほどが過ぎていた。
(しかし、まさかこんな場違いな場所で毎日を過ごすとは、思っても見なかったな――)
ジルベルトは現在、王都の郊外に下宿宿をとって暮らしていた。
もちろんいつまでも娼館に出入りしているわけにもいかない。なにせ「学生」なのだ。そのような場所とは基本的には縁のない類の人間になる必要がある。
仕事柄、何者かになりきるというのは特に珍しいことではない。行商、職人、農夫、官僚、宿屋の主人という事もあった。年齢が若いという事で、他人になり切るのにはいろいろな障害があるにはあるが、それを言っていては、こんな仕事は務まらない。
ただ人を殺す能力に長けるものなど、星の数ほどいるものだ。そういう世界の中で生き抜くには、出来ないなどと言っていられるわけはない。でなければ、当の昔に殺されている。
ジルベルトはこの一月の間に計3人の「キール」を追った。が、いずれもただの学生で、特に何も変わったことなどなかった。
ルイからキールの情報をいくらか聞いているが、あのバカの情報で役立つものなど一つもなかった。なんせ、体格背丈ぐらいしかわからない。それに、「キール」という呼び名は結構ありふれている。
キールはもちろんだが、他にもキールトン、キーラン、ベイスキール、キーリスなど、挙げたらきりがない。
そうして今追っているのが4人目の「キール」だった。
そいつは、郊外の下宿宿に一人暮らしだった。
見た目は何というか、本当に特徴と呼べるものがない。容姿も体格もとくに突出しているものはない。いわゆる「ふつうの大学生」だ。
性格は温厚そうだ。ただ、それ程友人が多いようには見えない。学内を歩いていても、友人の多い奴というのはいたるところで声を掛けられるものだが、そいつにはそういうところがない。
本が好きなのか、王立書庫にここ3日ほど続けて通っていた。
そしてどうもここで友人たちと出会っているようだった。メンバーは3日とも4人だった。
いや、最後の日は、その「キール」が一人の大学教授らしき人物を連れてきていた。
しかし、次の日、そいつは王立書庫に現れなかった。そいつだけではない、メンバー4人とも全員だ。
(しまった、やられたか――)
どうやら活動拠点を移した可能性がありそうだ。そうなるとまた朝の下宿宿から追わなければならない。
4人のメンバーの内訳は、男2女2の学生グループだ。しかしながら、このうち二人の男女はその容姿に目を見張った。
男の方は見るからに女子受けしそうなほどの長身、金髪、肌の色も白くつややかだ。造形も整っており、美しさと同時に気品すら感じる。これほどの美男子はあまりお目にかかれない。
また、女の方も相当な美形だ。背丈はさほど高くはない、どちらかと言えば低い方かもしれない。165センチ程だろうか。栗色の髪は長髪で、緩やかなラインを描いている。顔は気品があり、凛とした意志がその瞳に現れており、造りは整っていて美しい。娼館の女どもとは比べるまでもないその圧倒的なオーラは、そういった「行動」すら想像するのがおこがましいかのような
その男の名前と、その女の名前はすぐに判明した。
男の名は、クリストファー・ダン・ヴェラーニ。噂によれば、「ラアナの神童」とかいう異名を持っているらしい。その容姿、頭脳から女学生たちのアイドル的存在ともいえるらしい。
女の方は、ミリア・ハインツフェルト。名門貴族家ハインツフェルト家の御令嬢だ。国家魔術院所属。「魔術院の若きホープ」と呼ばれるほど魔法の才に溢れる女魔術師でもあるという。現在3年になる彼女は、1年2年の成績は主席を維持しているらしい。まさしく、才色兼備、完璧な女性だ。
取り敢えず、このグループについてもう少し調べていこう。女が魔術師というのも気になる。それにあの男、クリストファーの頭脳、大学教授らしき人物との接点。いろいろと「興味深い」ことが多いのも事実だ。
(仕方ない、明日は少し早起きだな――)
ジルベルトはそのように考えていた。
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