第94話 帰ってきた場所


「でも、もしそうだとして、アステリッドと先生の前世の記憶がこの世界と違う世界だという事は分かりますが、キールの記憶はまさしくこの世界に生きていた人間の数十年前の記憶なんですよ? キールまでそのことわりとやらを当然だと認識している理由にはなりませんが?」

ミリアの言葉だ。


 まさしくその通りだ。キールが話した、「頭の中に響くあの男の声」は、ルイの父、ジェノワーズとかかわりのある、ある貴族の末裔の男のものだ。それはまさしくこの世界の記憶であり、アステリッドやデリウスのように「別の世界」の記憶ではない。


「そう、だよね。じゃあ、どうしてキール君もそう思えているのだろう? なにか、理由があるのかもしれないね」

デリウスにもそこは釈然としないと言ったところだろう。


「もしかして、僕が思い出せていないことがあるのかもしれない――。あ、そう言えば、あの白い部屋の爺さん、3とか言ってたな。この間が3回目ってことは、それまでに2回その部屋に行ってるってことだから――」


「それって、つまり、2回生まれ変わったってことじゃないですか?」

とはクリストファーの言葉だ。


「ん? 確かに――。ってことは、僕の前世の前世があるってこと、か?」

キールが言っててよくわからないことを口にしている。


「つまり、君は少なくとも2回は輪廻転生していて、少なくとも3度目の人生を歩んでいるという事だろうね――」

デリウスが補足したことで、より鮮明になった。


 そうか、そうかもしれない。

 これまでキールが「前世」の記憶と思っていたあの男の記憶は、もしかしたら、3つの内の一つで、今がその3つ目。つまり、「キール」と、「頭の中に響いた声の男(たしかヒルバリオ・ウィンガードだったな)」と「もう一人」自分は人生を経験している――。


「ああああ!」

キールが唐突に大声を上げた。


「ごめん、僕が忘れていました。面目ない。ヒルバリオが言ったんだった。俺はお前の前々世の記憶だって――」

キールは今の今まで完全に忘れていたのだ。


「ええ!? 前世じゃなくて前々世?」

ミリアが初耳だというように目を丸くしている。


「ちょっと! なんでそんな大切なこと忘れてるのよ!?」

ミリアが掴みかからんばかりの剣幕で囃し立てる。


「ごめん、最後にその男の声を聞いたのが、あの事件の直後で、すっかり混乱していた僕はどうするかってことばかりに気が行ってたみたいだ。すっかり抜け落ちていた。その後、アステリッドと出会って、『前世』の記憶という話になって、それで、これまでそう思い込んでいたみたいです。すいません――」


 ミリアは「まったく、この男は」というような呆れ顔でキールを見やっている。


 クリストファーはそのミリアの顔があまりにも分かり易すぎるのがおかしくて、噴き出すのを必死でこらえていた。


「そ、それだけタイヘンだったってことですよ、キールさんが忘れてしまうのも仕方ないと思います!」

アステリッドのフォローも若干苦しげだ。


「ま、まあこれで、何とか私の説が立証されたようでよかった。さすがに前提がひっくり返るかもと慌てたよ――」

そう言ってデリウスも苦笑した。


 何はともあれだ。


 こうして一同の自己紹介が終わった。


 デリウスは今後、この研究室を活動基地として提供するという事を申し出てくれている。研究室の隣には教授執務室もついていて、この二部屋は、大学内でも「治外法権」が認められているため、まさしく「活動拠点」として申し分ない。


 デリウスは今後、アステリッドの前世の記憶の回復や整理を担当し、その記憶の欠片の中にあるものと、レーゲンの遺産との関連をクリストファーと調べていくことに協力を約束してくれた。

 クリストファーは「バレリア文字」の知識をミリアに提供し、『魔術錬成術式総覧』の解読をこれからもサポートする方向で、また、キールの『真魔術式総覧』についてもこれからサポートしていくことで合意した。


 ミリアはミリアで、キールとアステリッドの魔術訓練教官として二人の更なる魔法技術の向上をサポートする形となる。


 

******



「とりあえず、デリウス教授が味方に付いてくれてよかった。記憶のことがわかっていけば、レーゲンの遺産についてももっと詳しくわかるような気がする。そうしていつかたぶん、そのレーゲンの遺産に挑まなければならない、そんな気がするんだ」


 隣を歩くミリアにキールはそう語りかけた。


 二人は「研究室きょてん」を出て、王立書庫へ向かっているところだった。

 ミリアが少し話があると言ってキールを王立書庫へと誘ったのだ。


「――――。ねえ、キール。あそこ、覚えてる?」


 ミリアはキールの言葉には返さずに、少し前方にある、東屋を指さした。


「あ、ああ、もちろん覚えてるよ。あの時の君は本当におっかなかったよ?」

キールがそう返すと、いつもならが帰って来そうなものだが、今日のミリアは様子が違った。


「そうね――。すこし、寄って行ってもいい?」

少し控えめなミリアの雰囲気がキールには不思議な感覚だったが、断る理由もないので、了承する。


 辺りはもう日が落ちて、夕焼けももう消えかかり、空が藍色に染まってきている。今から書庫に行ったところで閉まっているかもしれないのにと不思議に思っていたのだが、ミリアの目的地は初めからそこだったのかもしれない。


 二人が東屋に入ると、もう完全に日が沈んで、あたりの街燈に灯が燈り始めた。


 ミリアはするりと振り返ると、キールの胸に飛び込んで抱きついた。


「お帰り、キール――」

そう言った彼女は、そのままキールの胸に顔をうずめたまま動かない。


「ああ、すいぶんと待たせてしまってごめん。ただいま、ミリア」

キールも彼女の背に自然と腕を回した。


 その後少し、離れた二つの影は、またすぐに重なった。


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