第97話 南の国から使いの鳥が


 ニデリック・ヴァン・ヴュルストは、一通の手紙を手にして思案していた。

 まさか、あの者から手紙が来るなど、もうずいぶんと久しい。


(しかし、これはこれで、放置してはおけないかもしれないですね――)


 手紙の差し出し主は、『火炎の魔術師』ゲラード・カイゼンブルグだ。ニデリックの実兄で、ウォルデラン王国の魔術院院長である。


 手紙の内容にはこうあった。


「『シュニマルダ』の一人がメストリルへ潜入しているようだ。そいつの親類が1年半ほど前にメストリルで死んだらしい。おそらくそれについて調べるつもりだろう。もし、その死にかかわっている者がいれば危険が及ぶ可能性がある。警戒するに越したことはない」


 それだけだ。


(ふうむ。これだけの情報で、何をどう警戒すればよいというのだろうか――)

ニデリックはそう思わないわけでもなかった。

 しかし、相手はあの『火炎の魔術師』だ。何を企んでいるのか、皆目見当がつかない。

 ただの兄弟間での情報の共有ということもあるにはある。だが、これまでの経験上、たかがそれぐらいのことでこんな不明瞭な情報をわざわざ知らせてくるとは到底思えない。

 何かしら、狙いがあるのだろう。


 ここ1年半ほど前の不審な事件と言われれば、ある程度察しが付く。つまり、「あの事件」のことを言っていると思って間違いないだろう。


 確かに未だに真相は闇の中だ。あの娼館で起きた無理心中事件。一人は館の主、エドワーズ・ジェノワーズ。もう一人は結局身元不明のままだ。しかし、魔術師であるということは現場の状況で明らかになっている。

 

 その身元不明の魔術師がおそらく、懸案になっている「そいつ」の親類だろう。


カラン――。


 ニデリックは机上の呼び鈴を鳴らした。


 扉の前に警備にあたっている守衛の一人が部屋の扉をノックして声をかけてくる。


「ああ、すまないね。ネインリヒ君を呼んでほしいのですが――」

「はい、かしこまりました。探してまいります――」


 守衛の一人が扉から遠ざかっていく気配がした。そのうちネインリヒがやってくるだろう。


 ニデリックは大きく息をついた。やはり、あの問題、そのまま闇の中へ葬ることは難しいのだろうか。できればこれ以上触りたくはないところだ。

 おそらく、主犯はあの青年、キール・ヴァイスだろう。

 というのも、いろいろと考えていけば、あの子しかいないという結論に到達するのだ。それはニデリックもすでに気づいてはいる。


 しかし、この間対談をした限りでは、例えば国家に仇名す反逆者の類ではないと確信している。むしろ、このメストリルにとって将来必要となる人材であると、そう感じたのだ。

 だからこそ、彼の提案を呑んだのだ。


 もし、仮にキールと敵対するようなことになった場合、おそらく、簡単にはいかないだろう。

 そして、そのような「特選」魔術師が存在しているということにあの男ゲラードはすでに気づいている。だから、「警戒しろ」と忠告をしてきたのだ。

 できる限りキール・ヴァイスとの関係は良好な状態を保つに越したことはないのだ。それはおそらくあの男も理解している。

 このメストリルにもおそらくあの男の「小鳥」はいたるところに潜んでいるとみて間違いない。そうであれば、「キール・ヴァイス」とニデリックが接触したこともすでに知られていると考えるべきだ。

 

(まあ、いつかは通らねばならない道なのでしょうが――)


 キール・ヴァイスは敵か味方か。

 おそらくそう遠くない未来、その決断を迫られる時が訪れるだろう。ニデリックはそう確信していた。そしておそらくそれはゲラード・カイゼンブルグも同じなのだろう。


 だから今は「キール」を守るべきなのだ。

 と、ニデリックはそのように考えている。そしてその結論を促すための「手紙」だ。


 しかし、『シュニマルダ』が動いているとは聞いていたが、そんなことになるとはさすがに思ってもみなかった。

 ウォルデラン国家魔術院と『シュニマルダ』は、ウォルデラン王国のいわゆる「光」と「闇」だ。

 その関係上、表立ってウォルデラン国家魔術院院長ゲラード・カイゼンブルグ自らが動くわけにはいかない。そこはいわゆる「大人の事情」というものだ。

 ゆえに、ニデリックの元へ、「不明瞭な情報」として情報提供してきたのだろう。


(まったく、これだから兄弟というのは面倒なのですよ――)



 コンコン――。


 と、扉がなる。


「およびとお聞きしました。ネインリヒです」


「ああ、すまないね。どうぞ、入りなさい」


「はい、失礼いたします」


 この優秀な秘書官は、常にニデリックの必要な情報をもたらしてくれる。

 おそらく、キールとその周辺、およびルイ・ジェノワーズの周囲情報もある程度、蓄えているところだろう。


「ネインリヒ君、少々面倒ごとになりそうな気配がしてきました。南の国から鳥がやってきて嵐の予兆を知らせてくれましたよ――」


「はぁ、鳥? ですか――」


 この男、このような言葉遊びはあまり得意な方ではない。それとわかっていながら、ニデリックはそんな言葉遊びを投げかけるのだ。


「ふふふ、ネインリヒ君は相変わらずですね」

「院長、私はそのような言葉遊びは苦手です。はっきりおっしゃってください。この場所で聞き耳を立てるものなど誰もおりません。それは保証いたします」

「ははは、すまなかったね。君がこの魔術院の警備担当である限り、ここから情報が漏れることはありませんでしたね。いや、これはただの冗談、言葉のというものです、私はそういうのが好きでしてね。一日誰ともお話をしてないと、たまに話をするときそのように口走ってしまうのですよ。容赦してください」


「あ、いえ、それは全然かまいませんが――。お呼びだというので何かしら事件でもかと思いましたので」


 そうですね、事件となるかならないか、それはこれからの私たちの行動いかんによるところでしょうね、とニデリックが答えた。



  

  

 



  

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る