第92話 あたらしい仲間、あたらしい拠点
「――――――――」
デリウスは返事を返せないでいる。
キールは、やはりそう簡単にはいかないかと諦めかけ、部屋を辞そうと思った。
「どうやら、難しいようですね――。仕方ありません。先生には何のメリットもないかもしれないことですから。むしろ、危険の方が大きい。そう思われるのが妥当なところです。すいません。失礼します。今日のことはどうぞお忘れください」
キールはそう言って、一礼し、振り返ろうとした。
「待ちたまえ! いや――、すまない、少し頭が混乱していてね。だが、どうやらこれも私の進むべき道というものかもしれん。その、君たちの話、聞かせてもらおう」
デリウスが
「いいのですか? 知ると戻れなくなるかもしれませんよ?」
一応念のためキールは
「ああ、心は決まった。かまわない。おそらく君か仲間のうちの誰かが国家や当局に知られれでもすれば問題となることが含まれているのだろう。だから君は念を押した。場合によっては私をどうにかしないといけなくなる、そういう意味だろう。理解している。だが、どうやら私は根っからの学者のようだ。自分の身の安全より、研究を前進させることを望んでやまない。おそらく君はそのカギを持つ数少ないものの一人だろう。そんな君から差し出された手を払うだけの勇気を私は持ってはいないようだ」
そう言って、デリウスは自嘲気味に笑った。
「何をおっしゃいます。自分の身の危険を顧みず、研究に身をささげる覚悟をお持ちの方が勇気がないなどと、そんなことはありませんでしょう。むしろ、無謀という言葉が当てはまるほどの英雄ですよ?」
キールも笑って返す。
「ははは、無謀ね。確かにそうかもしれんなぁ」
デリウスは恥ずかし気に頭を掻きながら右手を差し出してきた。
「デリウス・フォン・ゲイルハートだ。よろしく、キール・ヴァイスくん」
「こちらこそ、よろしくお願いします、プロフェッサー・ゲイルハート」
******
「で、また一人増えたってこと、ね?」
ミリアがデリウスの方を見ながらため息をつく。
「ミリア……、ミリア・ハインツフェルト……。国家魔術院の若きホープ、君もなのか?」
デリウスがミリアを一目見て、目を丸くする。
「いや、君だけじゃないな、クリストファー・ダン・ヴェラーニ。ラアナの神童、君までも一緒だとは。こりゃあとんでもないサークルだな――」
ついで、ミリアの隣が定位置となっている美男子にも目を移す。
「あのう、私もいるんですけど?」
アステリッドが隣からつぶやく。
「あ、ああ、すまない。きみは?」
「私は将来、大魔導士キール・ヴァイスの右腕と呼ばれる大魔術師アステリッド・コルティーレです。お見知りおきを!」
「ははは、大魔導士って、何を言ってるんだよ? 僕はそんなものにはならないよ」
キールが割って入る。
「いえ、キールさんは絶対名を遺す大魔導士になります。私がそうして見せます!」
アステリッドは引かない。目の前の二人に対する対抗心がメラメラと沸き起こるのがまるで目に見えるようだ。
「すまなかったね、アステリッド・コルティーレくん、よろしく。デリウスだ」
こうしてキールのサークルにまた一人の仲間が加わったのだった。
それから結局5人は今後の活動拠点をデリウスの研究室に移すことになった。さすがに王立書庫の個室では5人は狭い。それに、教授と学生が顔を突き合わせて密談しているという状況はさすがに目を引くというものだ。
デリウスの研究室は、王立大学の数ある教室棟の中でも一番奥の棟にあり、人目にも付きにくい。書庫まではすこし距離があるが、まあそれも致し方ないところだろう。これまでよりは人目を引く心配もなさそうだし、何より、広い。
それに、研究室は教授の個室であり自由裁量の範囲であるため、なんぴとも許可なく立ち入ることは出来ないことになっている。秘密を持つ者たちが集まるには都合がよすぎる場所でもある。
初めて5人が顔を合わせた次の日の放課後、さっそく4人はデリウスの部屋へ集結していた。
まずはアステリッドの話から始めた。アステリッド自身、心学部所属なのでデリウスとは同じ専攻となる。しかし、デリウスの存在は知らなかったらしい。カリキュラム選定の時に見落としていたのか、別の講義時間とかぶっていたのかもしれない。
アステリッドの話はデリウスの一番の関心事と言える。記憶の夢の話だ。ただ、その内容が現代世界との乖離が大きすぎて、デリウス自身、それが何を意味しているのかすぐには理解できなかった。
アステリッドがこの大学に来たのはキールがいるからという理由が大きいのは事実だが、それもすべて、その夢の謎を明らかにしたいからゆえの行動だ。
ついで、クリストファーの「レーゲンの遺産」の話、ミリアの「魔術錬成術式総覧」の話と続いた。
そうしてついに、キールのこれまでの経験の話へと入ってゆく。
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