第91話 デリウス・フォン・ゲイルハート


「キールくん、と言ったかな? その本は確かにわたしが書いたものだが、質問というのは何かね?」

デリウスはやや警戒気味に問いただす。


 それも致し方のないことだ。これまで、この本について質問されたことなどないのだから、初めての質問が一体どういうものなのか非常に恐れているといってもよかった。


「実は、この輪廻転生という理論について、どうしてそのように思われたのか、率直に疑問に感じまして。すいません、あまりに直接的な質問で申し訳ありません」


 目の前の青年は本当に申し訳なさそうに肩をすぼめて見せた。しかし、その表情や態度からはこちらを軽視している感じは受けない。つまり、揶揄からかうつもりでいるのではないということだ、純粋に疑問なのだろう。


「ふむ。この書についての初めての質問がこれほど直接的なものだとは。さすがに予想していなかったよ」

デリウスはキールをまっすぐに見つめて、

「君はどう思う?」

と問い返した。


 質問を質問で返すのは、主導権争いの常套手段だ。が、現在のキールにとって相手は敵や自分が疑っている相手ではない。ここは主導権を与えたとしても何も問題はない。どころか、信用されるにはむしろ、その方がいい。


「そう、ですね。例えば先生自身にその兆候がある、とか?」

キールが半ば当て推量的に返す。


「――ほう、なるほど、君はなかなかいい洞察力を持っているね。どうしてそう思ったのかね?」

デリウスがさらに重ねてくる。


「現代において、このような考え方はある意味、荒唐無稽と思われる理論です。何かのきっかけがない限り、このように思考することさえ難しいと思われます。通常、人は死したのちは大地に還ります。現代において葬儀の際、火葬もしくは土葬が一般的なのはそれが故だと思われます。しかし、先生の理論はそのように自然的にとらえず、精神的な面をとらえておられます。これは、その存在をある意味しっかりと認識している方こそ考え付く理論ではないかと、そう思いました」

キールはそう答えた。


「たしかに、な。そう言えなくもない、か――」

デリウスはそう呟いた後、キールに向かってこう言った。

「いや、すまないね。君を試すようなことをしてしまったようだ。まさしく君の言うとおりだよ。私はそれの体現者だ。しかし、まあ、誰も信じてはくれないと思うがね?」


 キールの思っていた通りだった。この人も前世の記憶を持っている人なのだろう。


「やはり、先生そういう記憶をお持ちなのですね。そうではないかと思い、訪ねてまいった次第です」


 デリウスは聞き逃さなかった。今キールはこう言ったのだ。「先生」と。


「つまり、君も、なのか?」


「ええ、まあ、僕の場合は記憶というより、『声』と『体験』ですがね――」

キールはそう言ってまた肩をすくめて見せた。

「信じられないでしょうが……」


「君はその、『声』を聞いて、『体験』をしたというのか? 前世の?」


「いや、まあ、正確に言えばよくわからないのです。だから、何かわかるかもと思ってここに来たというのが正直なところです」


 デリウスは俄然がぜん、この学生に興味がわいてきた。

 これまでこの書について質問を受けたことなどなかった。教授会の集まりなどにおいても、何を研究されておられるのかと聞かれ、「死後のことについて」と答えると、たいていはそれ以上質問されることはなかった。そういうことにはもう慣れっこだったが、今まさしく語らうことのできるものが目の前に現れたのかもしれないのだ。

「キール君、その話、詳しく聞かせてはもらえないだろうか。もちろん、秘密は厳守する――」

デリウスは少し前のめりになっている。自分でも抑えきれない情熱が沸き上がっているのがわかる。


「お話しするには条件があります。それをんでいただけるのなら、考えなくもないですが、いかがでしょう?」

キールは落ち着いて返す。デリウスの様子から明らかに自分に興味を持っていることがわかるからだ。こういうところはうまく利用するべきだろう。

「条件? 条件とはなんだい?」

デリウスがそのままの姿勢で聞き返してくる。

 キールはその様子を見て、いい返事をもらえると確信した。


「先生、僕たちの共犯になっていただけませんか」


「なんだって? 共犯?」


「ええ、共犯です。お話したことを聞いてなおかつ話さないとなると、結果的に僕の共犯になってしまいますので。どうです? それでもお聞きになりますか?」


「君たち、とはいったい――?」


「それも含めてです。お断りになるならこの話はもう忘れてください。僕と会ったこともなかったことにしておいていただく方がよいかもしれませんね――」


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