第89話 パズルの鍵を探して
――そうか、その「書」までたどり着きおったか。また一歩進みおった。面白い男じゃのう。もうすぐ記憶の「扉」が開かれるじゃろう。ほほほ、楽しみじゃのう。
キールは『輪廻転生と死後の世界』という本を取り敢えず読んでみた。デリウス・フォン・ゲイルハートというのは、どうもメストリル王立大学の教授の一人らしい。専門は、心学。自然精神学科という事らしい。キールにはその方面の知識がないため、はっきり言ってその学問については全くわからないと言っていい。
しかしそんなことはあまり大きな問題とは言えない。この書物に書かれていたのは、「人が死んだあとどうなるのか」ということについての考察だった。
デリウスによると、人は死後、そのまま消失して自然へと還るものと、その「記憶」を保持したまま新たに生を受ける者の二通りあるという。その「記憶」は心の奥底に保存され、普段の生活では鮮明ないわゆる「記憶」として現れることはない。
言ってて混乱しそうなので、あえて定義を定めることにする。
今の自分が体験したことを「記憶」と呼ぶとすれば、いわゆる前の自分が体験したものを「記録」と言い換えてみよう。
「記憶」は頭に蓄積されるものと捉えたとき、「記録」は心に蓄積されるものと考えてもいい。とはいえ、デリウスによると、その「心」も「頭」の一部分という事らしいので、余計に混乱しそうになるのだが。
デリウスによると、現在生きている自分の行動はこの「頭」の中にある「記憶」から学び経験し予測して、人は行動を決定し日々生きていると考えられるという。
これに対して「記録」は、普段使わない「頭」の一部分に奥深く格納され蓄積されてゆく。その格納庫を「心」と定義する。そしてこの「心」は死んでも失われず、それを保持したまま新たに生を受けるものが一定数存在しているのだというのだ。
そうしてこの、「記録」を保持しつつ新たな生を受けることを『輪廻転生』と定義している。
なんともはや、荒唐無稽な話ではある。
つまりだ。
この世の中には、自然に全く新しく「無」の状態で生まれてくる者と、「輪廻転生」によって「記録」を持って生まれてくる者の二通りが存在していると言っているのだ。
「なんですって? その学者、本当に王立大の教授なの?」
ミリアがさもばかばかしいおとぎ話を聞いたかのように両手のひらを上向きにして肩をすぼめて見せた。
「ミリアさんには、そういう経験はないですか? その――、行ったことも見たこともない場所なのに知っている場所のような感覚とか、知らない人なのに家族のように話している夢とか――」
アステリッドがやや控えめに問いただす。
「ないわよ」
「ないんですね――」
「アステリッドは確か、そういう事があるんだよね? 『前世の記憶』? だったっけ?」
クリストファーがそこに突っ込んでくる。
「え? ええ、まあ――。でもでも、ただの夢ですよ? たぶん――」
アステリッドにしては珍しく自信なさげに答える。
「僕にはあるんだよ。それが、ね」
キールははっきりと覚えている。どころか、なんとなくいかがわしい「神」とかいう存在に「次の神」にならないかとまで言われているのだ。
「あながち、ただのおとぎ話というふうに片づけていいものとは思えないんだよね。実際、僕はそれが原因で命を狙われたこともあるんだから――」
ミリアはキールの話を思い出していた。去年の夏、カインズベルクのメイリンさんの下宿宿でキールが話してくれた話だ。
前世の男が頭の中に語りかけて来たり、それが原因で、エドワーズ・ジェノワーズに狙われた話などだ。
「あ、そう……、だったわね……」
ミリアは「しまった」と思った。
忘れていたわけではなかった。キールがそのような感覚をたびたび受けていて、結果がああなったことについて決して忘れていたわけではなかった、はずなのに――。
「も、もちろん、そういう人もいるかもしれないけど、私にはそういう感覚は今までには一度もないわね」
少々苦しいとってつけたような言葉に聞こえたかもしれない。いやだ、こういうところが私の足りないところなのだと痛烈に後悔していた。
キールはそんなミリアの様子を見て、気づかうようにミリアの肩を軽く叩いた。
「会ってみようと思うんだ――。何か新しい発見があるかもしれない。それに、アステリッドの夢とクリストファーの探しているレーゲンの遺産、あながち無関係とは思えない。前に言ってたよね、僕たち4人はおそらく互いの必要なものを持ち合っている。「パズル」だっけ? あれだ。そしてパズルには「鍵」が必要だ。もしかしたらその、「鍵」をその教授が持っているかもしれない」
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