第87話 ほんと、コイツって余計なことを
ジルベルト・カバネラはルイの娼館に居座っていた。
部屋を一つルイ
ルイの話をまとめても、大した情報にはならなかった。
二人が焼死した現場も倉庫へと改修が終わっていて現場の痕跡はすでに消失している。
国家魔術院の連中が捜査に訪れたということだったが、どうもその中に、『氷結の魔術師』もいたらしいという事がわかった程度だ。
しかし、通常の事件程度で院長閣下が出向くだろうか?
なにか不審な点があったのではないだろうか?
そう考えたジルベルトであったが、まさか魔術院に潜り込んで探るなどという命知らずな行動をとるわけにもいかない。
結局のところ、何もできず、ただ安穏と日々を過ごしているだけだった。
まあ、女には困らない場所であるうえ、金も食い物もルイのを使えばいい。思わず何の目的でここにいるのか忘れてもいいかと思えるほどの豪遊生活を送っているのだから、正直不満はない。
しかし、時折沸き起こる怒りは何人女を抱いても忘れられるものではなかった。
(絶対に兄貴の仇をとってやる――)
沸き起こる怒りを鎮めるにはその決意を胸に何度も擦り付ける以外に方法はなかった。
そんな日々を過ごしていたある日、突然に事態が動き出した。
それはルイの何気ない一言から始まったのだ。
「最近そう言えば、またアイツを見かけるようになったな――アイツそう言えばしばらく見なかったけど今までどこにいたんだろう?」
ルイがソファに寄りかかりながら、南方の国から届いたとかいう茶色く甘い菓子をコリコリと頬張りながら
「なんのことだ?」
ジルベルトも同じようにそれを一粒口へ放り込んで返す。
「ん? ああ、田舎ものの学生の話ですよ。キールとかいうくそ生意気なやつなんですが、随分と前になりますが、ちょっといじめてやったら、消えたんですよ?」
「は? 何を言っている。お前がいじめたら消えただと? おまえ、まだ俺に嘘をつくつもりか?」
「あ――、いえ、そう言うわけじゃなくって――」
「なんでもいい。そいつのことを話せ。どうせ大した話じゃないだろうが暇つぶしにはなる――」
ルイはそれからキールとのことについて話した。
自分の腕がちぎれたと思ったらちぎれていなかったこと、それを父親に言ったら取り合ってくれなかったこと、父がそいつの顔を見るなり少し戸惑ったような表情をしていたこと、そういうことが2度ほどあったなどという事を話した。
「ふうん――。で、そいつがしばらく消えていたってのはいつごろからだ?」
「あ、はっきりとはしませんが、そういえば、親父が死んでからは見てないように思うなぁ。それがこの間ぐらいから通りで見かけるようになりましたね」
「そいつの名は?」
「キールです」
「下の名前は、何だって聞いてんだよ?」
「あ――、じつはよく知らないんです、すいません――」
「ホントお前、役に立たねえな。これで、金とこの店が無かったら奴隷商にでも売っぱらっちまった方がいいぐらいだ。とは言ってもその腹じゃたいした値もつかねえだろうがな」
「そ、それだけは勘弁してください。部屋も女も金も自由にしていいですから――」
「ちっ、なんでこんなクソ野郎が金持ってんだろうな。世の中の理不尽さってホントに
そう言いつつも、少し気になった。
ルイの言う、腕がちぎれたと思ったらちぎれていなかったというのは、少々気になる。いわゆる幻覚作用ではないのか? もしそうだとしたらそいつ、キールは魔術師という事になる。
しかし、キールは魔術院には属していないらしい。ただの王立大学生ということだ。
もしキールが魔術師で幻覚系魔法を使えるというのなら、さすがに錬成「1」だったとしても、魔術院が関与しないという事はないだろう。幻覚魔法は精神を対象とする高度クラスの魔術式だ。そのクラスを扱える魔術師などそう多くはないのだ。
(少し調べてみるか――、まあ、どうせ女遊びぐらいしかやることもなかったところだ、暇つぶしにはなる)
ジルベルトはもう一つ、ショコラというその茶色い粒を口に放り込んだ。
******
王立大学では授業が本格的に始まっていた。
4月も半ばを過ぎ、大学生たちにとって一番忙しい時期は過ぎ去っている。ここから夏の初めまでの間が一番気が抜ける時期でもある。
しかしここで本当に気を抜いてしまう愚か者は結局はそれまでのものに成り下がる。
ミリアはそれをよく知っている。
そしてそれを知らない男が目の前に座っている。
「キール! 起きなさい! あんたってホント、そんなだから、成績も魔法も上達しないのよ!」
「うへぇ~、でもさぁ~、この時期ってなんでこんなに眠いんだろうねぇ。ミリアはなんで眠くならないのさ?」
「眠くならないわけじゃないのよ、眠らないように集中するのよ!」
「はい、がん、ば――」
「寝るな!」
「は!」
「今落ちた? 落ちてたよね?」
「いえ、落ちてません――」
何とも平和な風景ではある。
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