第86話 火炎の魔術師
『シュニマルダ』の前身となった諜報部隊はすでに「消滅」している。
ウォルデラン王国はこの元王国諜報部隊ともいえる集団を「殲滅」した。
ありていに言えば、いわゆる「口封じ」というやつだ。
これまでに行ってきた闇の仕事が口外されるといろいろと厄介なことが多い。そこでウォルデラン王国の国家魔術院はこの闇の一党を一人ずつ探索し「消して」まわった。
ではなぜ未だに『シュニマルダ』が存在するのか。
それはそんなに難しい話ではない。ただ、そう名乗るものがまだ生き残っているというだけだ。
前にも述べているが、この『シュニマルダ』は貴族や王国とは関りがないとされている。どころか、先のようないきさつから、貴族に対して強い恨みを抱いていると言った方がよい。
そうして、生き残りたちは闇に沈んだ。
ひっそりと自身がそうであることをひた隠し、時折、商人や一般人民からの「依頼」をこなして食い
ウォルデラン国家魔術院はいまでもこの者たちを追っている。見つかれば集団で襲われ、殺される。
だから彼らは素性を隠し、普通に一般人民として日々を過ごしているのだ。
というような経緯から、現在も過去もウォルデラン王国にそういった「暗殺集団」は「存在した事実はない」。よって、王国も貴族たちもこの者たちの存在など「知らない」のだ。
まったく、こういう事というのはどこの世界にも起こりえる話だ。茶番ともいえるようなこのような『事実』は、『陰謀論』といった具合で解決されるのが世の
『シュニマルダ』たちは強く国家魔術院を恨んでいる。敵対しているのだから当然だ。ただ、魔法の実力は魔術院の魔術師たちの方が上だ。やつらが集団で襲ってきたらいかな暗殺術のプロと言ってもひとたまりもない。初めのころは対抗できていたのだが、数でも実力でも劣るものが消耗戦を仕掛けられれば、勝敗の行方は明らかだ。
今ではもう魔術院の目を逃れることに終始している。
その『シュニマルダ』とウォルデランの政府高官が出会っていたという報告がニデリックとネインリヒの元に寄せられていた。
これは少し不可解と言える。政府に居場所を知られたくはないはずの『シュニマルダ』と、それと関りを切りたがっている貴族が出会っているのだ。何かを勘ぐるには充分すぎる状況だ。
しかも、その政府高官というのが「あの男」だというのだからなおのことだ。
ニデリックはネインリヒに詳細なく嫌疑を掛けるのはよくないと言った。言ったが嫌疑を掛けずにはいられないのもまた事実なのだ。
(やはり、確かめないわけにもいかないでしょうね――)
「ネインリヒ君、
ニデリックは静かにそう言った。
「かしこまりました、警備の方はすでに警戒レベルを上げるよう通達いたしております」
ネインリヒはすでに手配が済んでいることを告げる。
「さて、一体あの男は何を考えているのでしょうかね――」
「昔からそうですが、あの方の考えは私には推し量ることができません。私は私の仕事を全うするしかできません。残念ですが院長と並び称されるほどの魔術師と渡り合える力は私にはありませんので――」
「ゲラード・カイゼンブルグ――、『火炎の魔術師』。私もあの男は苦手です。性に合わないというか、居心地が悪いというか――」
「そんなことをおっしゃってもよいのですか? 院長の実の兄上様ではありませんか」
「だからなのですよ――。ネインリヒ君は兄弟はおられなかったですよね? なかなかに厄介なものなのですよ、血縁というのはね」
『火炎の魔術師』ゲラード・カイゼンブルグ。
ニデリック・ヴァン・ヴュルストの実の兄である。錬成「4」、上位クラス。
二人は遠い昔、「ウォルデランの双峰」と呼ばれた天才兄弟、いや、双子だ。性格は全く違った。ニデリックが大人しく理詰めのタイプであるのに対して、ゲラードは奔放豪快と言った感じだった。
もともと二人は幼き頃より魔法の才覚にあふれており、当時まだ国家魔術院の規模も小さかったウォルデランではなく、友好国であるメストリルの魔術院でその才覚を伸ばすという事になった。メストリルの国家魔術院の庇護を受けた二人はメキメキと頭角を現し、ついには錬成「4」に到達した。
その後、兄のゲラードは母国ウォルデランの魔術院へ帰還し、のちにその魔術院院長となった。実力からすれば当然の人事だ。
弟のニデリックはメストリルへ残された。
これはメストリルの国家魔術院の庇護を受けさせると決定した時の国家間の約定でもあった。そもそも2人の天才のうち一人ずつを将来の自国の魔術院発展のために寄与させようと考えてのことだ。
そしてニデリックもまたメストリルの院長となっている。
家名が違うことに触れないわけにもいかないので先に述べておく。
二人は実は孤児だ。
しかも、出身は平民である。才覚を見出された二人は国家魔術院で修練するにあたり、貴族籍が必要となった。後ろ盾がないといろいろと面倒だからだ。そうして後見人(つまり、養子引受)として名乗りを上げたのが、カイゼンブルグ家とヴュルスト家だった。前者はウォルデランの貴族家で後者はメストリルの貴族家だ。
双方とも跡継ぎ問題で悩んでいたところだったので渡りに船でもあった。
ゲラードがウォルデランに帰還するまでの間、ネインリヒはそんな二人とともに、魔法の研鑽に励んでいた過去がある。
だから、よく知っているのだ。
ゲラードが何を考えているかよくわからない男だという事を。
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