第81話 またここで


 とんでもない術式を編み出してしまったものだ。


 結論から言おう、キールは片道10日かかる旅程をわずか4日で走破してしまったのだ。

 「次元のはざま」の性質が少し判明した。

 はざま内の方角は現実とリンクしている。はざま内で動いた方向と現実世界で動いた方向は同じになるということだ。

 ついで、はざま内と現実世界の距離、縮尺といったほうがいいか、これはリンクしていない。同じではないのだ。感覚的なことだが、おそらく100分の1程度かもしれない。

 それから、この間はざまを訪れたときに見かけた「扉」は今回は見かけなかった。

 つまり、ボウンもとい、神様には出会えなかった。


 次元のはざまの入り口を移動できるのか?


 挑戦した結果、これが成功した。しかも、あっさりと。


 普通に自分が空間転移をするように(この言い回し自体普通ではないのだが)、その入り口も移動させることができた。どうやらこの空間転移術式は対象を選ばない、もしくは魔法クラスによって可不可が決まるものなのかもしれない。

 キールのクラスは次元を対象と出来る超高度クラスというところまでは判明している。それゆえ、「次元のはざまへの入り口」という次元(言っててよくわからなくなるが)をも対象にできるという事だ。


 ただし、「空間転移」術式には限界距離がある、という事も判明した。だいたいのところ、最大でも、視野の範囲、という事になる。つまり、「はっきりと」見えている場所へは移動できそうだ。

 そうでない場所を指定しようとすると途中で術式が消滅解消してしまうのだ。


 術式『幽体』で次元はざまへ入り、『空間転移』で入口を移動させ、そこから現実世界へ戻る。


 こうすることで、キール自身は離れた場所へ「」することができるという結果が生じるのだ。急に頭の中に湧いてきた「ワープ」という言葉は初めて聞く言葉だったが、なぜだかこの現象にしっくりくる言葉だったので、そう表現することにした。


 これにより、歩く距離が100分の1程度に短縮できることになる。しかし、これも都合のいいことばかりではない。方角が完全にリンクしているにもかかわらず、はざまの世界は何というかだだっ広い真っ白な空間で、目印になるようなものが何もない。入った瞬間自分の向きをしっかり把握してなければ、どっちを向いていたかわからなくなるのだ。

 

 はざまから戻ってみると、山の中だったり、森の中だったり、時には湖の真ん中だったこともあった。


 いずれにしてもさらに何かの工夫が必要そうだ。このままでは通常利用にはなにかと支障があることは確かだ。


 そういうわけで、夜中、人目がないうちに街道を少しずつ「ワープ」を繰り返しながら、昼間に休息をとって魔力を回復させつつ進んできたのだが、気づいてみればたったの4日で走破してしまっていたのだ。


 幸いなことに道中魔物には出会わなかった。

 これはただ運がよかっただけだろう。



 いずれにせよキールは戻ってきた。メストリーデへ。



******


 

 昨日、ミリアの元に手紙が届いた。キールからだ。

「今から、カインズベルクを発つ。着いたら書庫のあの個室へむかう――」

 それだけの簡潔な文章だった。日付は3日前だった。


 郵便というシステムはこの世界では結構発達していて、速達であれば、昼夜を駆け通しで馬が走る。当然1頭の馬で数日駆け通すのは無理なので、途中の中継場で荷物だけを引き継いでリレー方式で駆けるわけだ。

 メストリーデからケライヒライクまでは馬車では7日かかるが、速達では2日。ケライヒライクからカインズベルクへは馬車3日、速達は1日だ。

 つまり、キールが帰ってくるのは、今日が出発して4日目だから、明々後日しあさって以降という事になるだろう。


 王立大学の方はそろそろ年度末の授業となっていて、各教科ともカリキュラムの達成にやや速足で授業をまわしているように感じるが、こういうことは学校あるあるだ。どこの世界も変わらない。


 やや早口で説明を続ける教授助教授陣に対して、しっかりついて行けるものなど、年度の初めから真剣に取り組んできた者たちでなければ不可能な話だ。講義中に既に居眠りしてしまっているものも数えられる数をゆうに超えている。それでも教授たちはわき目も降らず講義を進めてゆく。そんなやからにかまっていられないといった風だ。


 ミリアはさすがであった。

 そのような状況の中で、必要事項をまとめながらノートにとり、教授の話をしっかりと理解している。

 実はこの時期の授業というのは初めのころからしっかり理解を積み重ねていれば、新しく出てくる言葉などほとんどなく、聞いているだけでちゃんと理解できる話ばかりなのだが、その様に対応できるものであれば苦労する者はいない。

 皆「そうでないから」脱落してゆく居眠りなどするのだ。



 授業が終わると個室へ向かうのは今でも変わらない。

 そこに「キール」はいないとわかっているが、大抵はクリスが後からやってくる。

 そんな、もう1年半も通っている王立書庫のその部屋はいまやミリア専用の勉強部屋とも言えた。さすがにもう、偽名を使う事も無ければ、人目につきにくいよう振舞うこともない。


 今日も、受付で個室利用の申請をすると、その個室へ向かう。


 踵を返し、個室の方へと数歩進んだ時、背中の方から受付の司書たちがひそひそ声で話すのが耳に入ったが、何ごとかは聞こえなかった為、仕事のことだろうと気にも留めず歩みつづけた。



 かちゃりとその扉を開いた瞬間だった。



「やあ、ミリア、久しぶりだね。ただいま――」


 ミリアはこの瞬間を待ち続けていた。ずっと、1年もの間ずっと――。

 


 司書たちが作業を始めようとした時、その個室から大きな音が聞こえた。机やいすが倒れるような音。ついで、大きな泣き声が――。


 司書たちは知っていたのだ、先にそこに入っていた人物がいることを。

 その男の子に自分がいることは黙っていて、と念押しされていた。


 利用受付の名簿には、


「キーラン・ヴァイシュガルド」


 と記されていた。 







 

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