第79話 帰郷の報せ


(キールが帰ってくる!)


 ミリアは胸が高鳴った。


 ミリアは今一通の手紙を読み終えたところだった。

 差出人は、「キール・ヴァイス」。もう、素性を隠す必要はなかった。


 手紙には、王立大学に復帰すること、後期試験が始まるまでにはメストリルへ戻ること、アステリッドも王立大学を受験することが決定したことなどが書かれていた。


(あの子も一緒にっていうのがちょっと引っ掛かるけど、でも、これで4人でまたそれぞれの研究結果を照らし合わせられるわ――)



「やっぱり、うれしそうだね?」


 その様子を見ていたクリストファーがミリアに告げる。ミリアが気付かぬうちに個室へ入ってきていたようだ。


「え? あ、そ、そうね。でも、そうでもないわよ?」

何を言っているのかよくわからない言葉を返すと、クリストファーはふっと笑顔を見せて、続ける。

「彼、キールさんが帰ってくるって言ってるんでしょ?」


「な、なんでわかったのよ?」


「そりゃあ、ねぇ。ミリアの表情見たら、さ。わかるさ」


「それで、どうしてわかるのよ?」


「ミリア、今の自分の顔鏡で見てみたら? 見たらゆでだこになると思うけど?」


 ミリアは自分の顔が緩んでいることに気付いていなかったようだ。顔に手を当てて覆い隠すと、

「も、もう! からかわないで、クリス! そんな顔してるわけないでしょ!」

と、気丈に装って見せたが、事実確かに少し緩んでいたのかもしれない。


「ふふっ。ミリアをそんな顔にさせるなんて、彼にしかできないことだね。僕はうらやましいよ――」

クリストファーの言葉の最後のフレーズは小さな嘆息が混じったささやき声になっていたため、ミリアにはよく聞き取れなかった。


「え? なに?」

「なんでもない」


 と短く切り返しておいて、

「で? いつ帰ってくるって?」

と聞き返す。


「あ、ああ、彼、1年の後期試験を受ける前に休学しちゃったから、それまでに帰ってくるって書いてあったわ。全部の単位を取るのは難しいかもしれないけど、いくつかは取れるだろうって。アステリッドも王立大学を受験する方向で決定したらしいわよ」


「へぇ、あの子もメストリルに帰ってくるんだ。あの子って確か、貴族だったよね?」


「北のケルヒ領に仕えている貴族家だったわね。爵位は男爵だと思うけど――」


「僕にはよくわからない世界だけど、確かケルヒ領の領主も男爵じゃなかったっけ? 同じ爵位なのに上下があるものなの?」


「ん~、どう説明すればいいかなぁ~。上下というか役割分担的なものかな。ケルヒ領主家のメストレー家は古くから男爵位を持っている家系で、ケルヒ領主になる前は王都に仕えていたの。そこでの功績によって領地を与えられたってこと。おそらくその時にコルティーレ家もその領地に派遣されたってことかな。たぶんコルティーレ家はそれほど古くない家系なのかもしれないわね。地方領主の元で内政に参加して実績を積めば、王都に召し出され、そのあと王都で実績を積めば領地を与えられるってところかな」


「ふ~ん。なんだか大変な世界だね」 


 現代で言えば、会社のようなものと考えればいいかもしれない。

 例えば会社であれば、入社すれば皆「社員」という「称号」を受けることになる。この世界の「男爵」がこれにあたると考えればいいかもしれない。

 おなじ社員でも役目が違って、共同して一つのプロジェクトにあたることはよくあることだ。

 「領地」の統制、イコール、この「プロジェクト」と言い換えればわかりやすいかもしれない。

 そのプロジェクトリーダーがこの世界での「領主」という事になるだろうか。


「本来、税制というのは、国王がすべてをいったん回収した上で、各貴族に分配するものなの、これを分配方式と呼ぶわ。でもこの方法は管理が容易である反面、その分配まで膨大な時間がかかってしまう上に、輸送のことを考えるととても非効率的なシステムなの。そこで、あらかじめ定められた額の税を人民たちから各領主が徴収して、その領地にいる貴族家の報酬分だけそこから抜き取って、残ったものを国庫に輸送するという、徴収方式という形が今の主流なの。領主は自分の領地に派遣されている貴族たちをまとめて人民から税を徴収するグループのトップという事になるわね」


「そういう仕組みになってるんだね。僕ら平民は、そんなことまで考えることなんて必要ないから、あまり関心がなかったよ」


「あなたも、土いじりばかりやってないで、少しは社会の――」


「あーあーあー、きこえなーい。僕はそういうのいらないんだ。そんなことより君の言う「土いじり」の方に時間を割きたいからね」


「ったく、もう、この道楽主義者が。あなたのこと人は「ラアナの神童」とか言ってるけど、こういう人だって本性を知ったら、愕然とするでしょうね」


「あ、それは大丈夫。こんな姿、ミリアにしか見せないからね――」


 そう言ってミリアに向けた輝くような笑顔を見たとき、ミリアは思わず吸い込まれるような感覚におちいる。


(こういうところ、ほんとにかわいいんだよね、この子――)


  

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