第67話 国家魔術院との邂逅


 キールとミヒャエルの元にそれぞれ書簡が届いたのは、同じ日であった。


 キールの元に届いた書簡はミリアからだ。

 ミリアからの手紙の内容を要約すると、『国家魔術院にあなたの存在が知られている。私は院長と会談し、ある程度援護できたと思う。おそらく諜報員があなたを調査していると思われる。そのうち向こうから接触してくるはずだから、その時は絶対に敵対しないように。それから魔法の素質についても用心するように』というものだった。


 とうとう見つかってしまったようだ。

 いつかこういう時が来るとは思っていたが、ここカインズベルクまで来て一年もかからなかったのは、さすがにニデリック院長というべきだろう。まあ、ミリアがやってきたときにもう覚悟は決めていたけど――。

 

 キールは手紙をたたむと、いつも通り身支度を整えて、ケリー農場へ向かった。




 ミヒャエルの元に届いた書簡は、ネインリヒからのものだった。


 「キール」という青年については調べが付いた。いったん調査は終了して、「キール」の監視に切り替えてくれ。こちらが「キール」の存在に気付いていることが知れれば逃亡するかもしれない。絶対に目を離すな。


 そういう内容だ。

 つまり、見張りということだ。

 

 どうやら魔術院は対応を決定したのだろう。そういう決定事項は自分には知らされないことをミヒャエルは知っている。


 あとはただ、「見ているだけでいい」のだ。

 どうやらこれでこの任務から解放されそうだ。さすがに錬成「4」の可能性を持つ魔術師相手では命の覚悟が必要になるところだった。


 ミヒャエルはほっと胸をなでおろした。



******



 それから数日後のことだった。


 キールがカインズベルク大図書館から出てきたときに一人の男から声を掛けられた。


「君がキール・ヴァイス君だね。私はメストリル王国国家魔術院のネインリヒ・ヒューランというものだ。少し話をしたいのだが、いいかい?」


 ネインリヒと名乗った男は、そういって柔らかい笑みをキールへ向けた。


「はい、いいですよ」

キールは短く答える。あくまでも自然体で、動じた様子は見せないように――。



 二人はその後、大図書館の向かいにあるカフェに入り、小テーブルに向かい合って腰掛けた。

「コヒルでいいかい?」

ネインリヒがそう言ってキールに注文を促す。

「ええ、それで構いません」

キールは落ち着いてそう返す。


 しばらくの間沈黙が流れる。

 コヒル茶が運ばれてくるまではこのままの状況が続くのだろう。とは言っても高々2~3分というところだ。

 キールは落ち着いて店内を見渡した。

 なるほど、この店のテラス席からは大図書館の玄関がよく見える。おそらくミリアの言う諜報員はこの店から自分を監視していたのだろう。その諜報員が目の前の男かどうかは分からないが。


 やがてコヒル茶が二つ運ばれてきて、「どうぞごゆっくり」とお決まりの文句を残して給仕係が去っていった。

 ネインリヒと名乗ったその男は、コヒル茶を一口すする。キールも合わせて、コヒル茶をすすった。


「さて――。付き合ってもらって申し訳ない。単刀直入に言う。君の魔術師適性を調べさせてもらいたい」

ネインリヒの表情は相変わらず柔らかい。


「なるほど。でも、なぜ今なのですか?」

キールが返す。返答はイエスノーだけではないのだ。


「それは君が一番わかっているだろう? ただ――」

さすがに主導権をそうやすやすとは渡してはくれないか、とキールは思ったが、次の言葉で国家魔術院の対応は把握できた。

「われわれは君に国家魔術院に参入してもらいたいと思っている」


「国家魔術院に、ですか――」


「そうだ。君と親交があるミリア・ハインツフェルトもそう望んでいるのではないのかね?」


 たしかに、ミリアもそれが一番安全な方法だとキールに言ったことがあった。それでもキールの「自由出国権」に配慮して、これまで魔術院へ報告をしなかったのだ。


「いえ。それはどうか僕にはわかりません。ただ、ミリアは今まで僕の支えとなってくれました。彼女が安心できることが僕にとって一番大切なことなのだろうとは思います」


「では、参入してくれるのだね?」


「それはやぶさかではありませんが、僕はこの世界をもっと知りたいと思っています。いずれメストリルには戻るつもりでいました。大学も休学中ですので、それも卒業したいと考えています。ですが、一つ国家に所属することは望んでいません」


「君の父君母君のことは知っている。お二人とも世界中を飛び回ってその名声をとどろかせている方たちだ。やはり、君もそういう二人に続きたいと、そう考えているのかい?」


「いえ、あの人たちはある意味異常な人たちです。とてもあの二人のようにはいかないでしょう。それでも僕は「平民」です。国家の庇護ひごがない平民がこの世界で生きていくために必要なものは自由です。自分のことは自分で決め、その責めも負う。それが無くなった平民はもう国家の奴隷でしかない。ただ国家にすがり付き、土地に縛られ、決定すら自由にできない。それに対して平民は国家の庇護ひごを与えられることはありません」


「その通りだ。平民には国家の庇護ひごが与えられることはない。それはたとえ国家の重職に就いたとしてもだ。貴族位の増設禁止は自由出国協定と相即不離そうそくふりの関係にある重要な協定だからね」


 そう言ってネインリヒはコヒル茶のカップを手に取った。

 それをゆっくりと口につけ一口すすると、またゆっくりとソーサーへと戻した。

 

 そして、驚くべき言葉を次に発した。


「キールくん、その協定を打ち破って君に叙勲する君を貴族にすると言ったらどうだい?」 

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