第68話 歴史を刻み、物語を求める
「僕が貴族に? でもそれは協定違反では――?」
キールはネインリヒの言葉を
自由出国権協定との関係から、貴族家の増設は禁止とする協定を各国が結んでいるという事はすでに述べた。
貴族家を無限に増設できるとすれば、それは例えば今のキールのように有能な平民を国家へ取り込むために貴族の称号を乱発することが可能であるという事になり、「自由出国権協定」の機能を充分に果たせなくなると考えられているからである。
「確かに、増やすことは協定違反になる。しかし、減ったものを補充するのは禁止されていないのだよ」
ネインリヒは落ち着いてそう言い放った。そして続けて、
「協定前に既に存在していた各王国の貴族家の数は補償された数なのだ。つまり、協定後に存続不可能となった貴族家があれば、別の家を立ててその爵位を引き継がせてもよいという事になっているのさ」
と言った。
「――――」
キールはネインリヒの次の言葉を待った。
「北のケルヒ領の元領主だったウィンガード家という男爵家が20数年前に途絶えたままになっている。つまり、男爵家に一つ空きができているというわけだ。その男爵の爵位を君に叙勲するということだよ。これは協定違反とはならない」
ネインリヒはまた軽く微笑む。
都合のいい制度だ。が、貴族家というのは国家の政務を司どる要職に就き国王の治世を安定させる重要な役目がある。ある一定の数の貴族は常に必要なのだ。
もちろん、平民を役人に登用してはいけないという規定や法規はない。事実、国政に従事し、公務を担う仕事をする平民も多くいる。しかし、自由出国権協定の絡みもあって、要職に就けるのはほんの一握りのものしかいないのが現実だ。
要職についているものであっても平民であれば自由出国権をもつことに変わりはない。そのようなものが国外へ移住するとなると、国家機密が他国へ漏れてしまう懸念はぬぐえないのだ。
そのような事情から、やはり一定数の貴族が必要となるのは
(ウィンガード家――)
キールはその家名に聞き覚えがある。そうだ、ヒルバリオ、あの声の男、前々世の自分の家名がそれだった。
(なんという因果だろう――)
「とはいえ、あくまでもこれは君の能力次第という事ではあるがね。その能力如何によっては君に叙勲し、国家魔術院へ参入をお願いしたいという事だ。どうだ、悪い話ではあるまい。貴族となれば自由出国権と引き換えとはなるが、貴族特権が手に入る。領地もだ。領地を得れば徴税が可能となる。まあ男爵家であるからそれほど大きな所領ではないが、それでも君たち平民がどれほど死に物狂いで働こうが手に入れることのできない程の財を手に入れることは出来るだろう」
ネインリヒはそう言ってキールの目を覗き込んだ。心の奥底を見透かされるような緊張感がキールを襲う。
たしかに魅力的な話だ。
貴族家となっても国家の外へ出れないわけではない。事実、ミリアはここへやってきている。これは自由出国権協定が、ある一定の恩恵を各国に及ぼしている証でもある。
各国は充分に自国の発展に尽力し、現在この世界に存在するどの国家も大小はあれど活気にあふれていて充分に
(しかし、国家の外に出れることと、自由に移住できることとは全く意味合いが違うことだ――やはり僕には平民の方がふさわしい)
キールは大きく息を吸って、静かに話し出す。
「――ネインリヒ様、魔術院の誠意、痛み入ります。しかしながら、そのお話、お断りさせていただきたいと思います。これはおそらく僕たち平民の性分なのでしょう。僕たち平民はまさしくその「自由出国権」を拠り所として生きているのです。思うままに自分の可能性に挑戦できる、その為に何度失敗してもまた新たな場所で新しく始めることができる。そうして挑戦し続け何かを成し遂げる。それが僕たち平民なのです。人が手に入れることができない財や地位を国家に尽くす代わりに享受するのではなく、人が為しえないような歴史を自身の手で刻む。財よりその物語を求めるのが僕たち平民なのです。ご理解いただけないかもしれませんが――」
キールは努めて丁寧に謝意を示した。
「なるほど、そうですか。おそらく断られるのではないかと推測してはいましたが――。やはり実際に断られると、なんとも微妙な気分になりますね。――キール君、それでは、魔術師適性審査を受けないと、そうおっしゃるのですか? そうなれば君と魔術院は敵対関係となるかもしれませんよ?」
ネインリヒの表情にやや陰りが見える。
「――いえ、審査は受けましょう。その上で魔術院と協力関係でいられるよう取り決めをしませんか? いわゆる契約というやつです。僕たち平民は誰かと手を取り合う時には契約という約束をします。僕と魔術院で契約を結びませんか?」
今度はキールがネインリヒに微笑みかける。
ネインリヒは不思議な
この危機的な状況をこの青年は楽しんでいるのではないか? 本気でそう思えてくるほどにキールの表情は眩しく明るかった。
これが彼の言う、「物語」というものなのだろうか。
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