第66話 ニデリックの思惑


 ミリアが執務室を出て行ったあと、ニデリックはいつものスタイルで、机上に肘をつき思案を始める。


 ミリアがキール・ヴァイスなる人物と知り合いだという事は判明した。そしてその父母は、有名な芸術家たちだった。そこまで分かれば後は今後の調査次第でほかにも明らかになってくることが多々あるだろう。


 しかし、ミリアはキールの魔法の能力は素人レベルだと言った。おそらくこれは本当の事ではない。知っていて、知らなかったフリをしただけだろう。


 さすがにそれを知っていて私やネインリヒに伝えないというのは魔術院に所属するものとしての覚悟を問われかねない。間違っても、知っていましたとはさすがにいえなかったのだろう。

 それはある意味、今の自分の立場をわきまえて、尚且つこの魔術院に留まりたいという思いが少なからずあるからだ。


 確かにミリアはキールを愛しているのだろう。そう言った彼女の眼差しには一点の曇りもなかった。さすがにそれがわからない程のではないと私にも自負がある。

 しかし、今の自分がこの魔術院から弾き出されてまで彼を護るというほどまでには直情的ではない。

 

(やはり、期待のホープ、か――)


 彼女のそういった立ち回りは直情的な人間には決してできないものだ。それはある意味冷静に現状を分析し、今の自分が為すべきこと、もしくは為せることをしっかりと把握し、最大限の効果や結果を生むためにはどうすべきかを思案し実践することができるという証だ。


(つまりは、魔術院私たちは試されている、という事だ――)


 それ程の能力を秘めている魔術師を発見した我々魔術院がどのように動き、どのように彼に対応するのか、それをミリアは一番近くで確認したいというのが本当のところだろう。


(――ふっ、この立場にあって、これまでいくつもの非情な決断をしてきた私ですが、まだまだ「人でなし」の域には程遠いところで留まっているということでしょうか――)


 ニデリックは机の上の呼び鈴を鳴らした。


「はっ、お呼びでしょうか?」

扉の前で警備をしている部屋番の衛兵が扉を開けてニデリックに返答する。


「すぐにネインリヒ君を呼んでください――」

ニデリックはそう衛兵に指示をした。



******



「それで? 院長はどうするつもりなんだい?」


 遠目から見る、王立大学の東屋のチェアに腰かけるこの美男子の居住まいは、まるでおとぎ話に出てくるような王子様か何かのように見えるのだろう。

 物腰は柔らかく、温かい空気感を漂わせながらも、その容姿は洗練され、一点の曇りもない磨き上げた鏡のように陽光を反射している。


(ホントにこの子、美しいわ――。なんだか、少し嫉妬してしまうぐらい)


 ミリアはそんなことを思いながらクリストファーにすこし見とれていた。もし自分がキールという存在に出会わなければ、もしかしたらこの子とそういう関係になってもおかしくはなかったかもしれない、とも思う。


 しかし、何の運命の皮肉か、ミリアはキールと出会ってしまった。貴族家の彼女と平民出のキールはおそらく、ともに人生を歩むことは出来ない。それはわかっている。

 それでも今は全力でキールを支え、サポートしてやりたい、彼は将来必ず歴史に名を残す大魔導士になる可能性の卵だ。孵化するまでは優しく守ってやらないといけない、それが私の役割だ。ミリアはそう決意している。


「ミリア?」

クリストファーがほうけているミリアをすこし心配した面持ちで再度呼びかけた。


「あ、ええ、どうするとは明言はされなかったけど、ちゃんと「ご褒美ほうび」をもらったから、たぶん大丈夫だと思うわ」

ミリアは今一瞬の思考をクリストファーに見透かされないようにできる限り自然に返した。


「ご褒美?」


「ええ、院長が私に、魔術院の方はすでにキールの能力にある程度気付いているという事を話してくれたの。つまり、私に情報を漏らしたってことは、君を信じているからうまくやりなさいって、院長からのメッセージということよ」


「ふうん、なんだか大変な世界だね」


「クリスはそういうところ、あまり小細工しないものね。でも、こういう駆け引きってのはある意味仕方がないものなのよ。むしろ私たち魔術師にとってはこれこそが生死を分けることもあるのだから」


「僕は魔術師適性がなくてよかったよ。とてもそんな世界では生きて行けそうにないからね」


「クリス、何を言ってるの? あなたのこれから立ち向かう相手の方がよほど強力な駆け引きを必要とする世界なのよ? すこしは立ち回りというのものを――」


「あーはいはい。その話はまた今度ゆっくりと……。で、ミリアはどうするのさ?」


 おそらく院長やネインリヒさんはこれからキールの情報をちゃんと集めだすだろう。それはある意味ミリアの願っているところでもある。

 しっかりと調査してくれればキールに対する懸念は晴れるはずだからだ。

 キールが人や国家をどうにかしようと考える人間でないことを、ミリアはよく知っている。

 そしてそれは彼のことを知れば知るほど明らかになることなのだ。

 きっと院長もネインリヒさんも悪いようにはしないだろう。


「そうね、特に何もしないわ。一つするとすれば、手紙を書くことぐらいかな」


「手紙?」


「キールにね。そのうち国家魔術院の使いのものがあなたに接触してくるだろうから、落ち着いて真摯しんしに対応しなさいってね。決して敵対してはダメよって」    

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