第65話 質疑応答~戦う乙女~
ニデリックは「しまった」と思った。
さすがミリア・ハインツフェルト、王国期待のホープといわれるだけはある。
(まんまと
目の前で涙を流して
「ミリア、すまなかった。君なら彼のことをよく知っているのではと思ったのです。さっきも言いましたが、魔術院は彼の存在を認知していませんでした。これは
ニデリックはこれで今日はもう進展はないだろうと諦めた。
しかし、ミリアの行動はさらに上を行った。
「いえ、取り乱してすみません。少し彼と会えてない日が続いているもので、感傷的になってしまいました。お許しください。それで院長、彼をどうするおつもりですか? まさか
ミリアは居住まいを正し、ニデリックと真っ向から向き合ったのだ。
ニデリックは考えた。ミリアが言っていることの真偽が不明だからだ。
本当にミリアは彼の真なる素質を知らないのか、そこが気になっている。
実際のところ、彼が何者であるかが不明であるという事が一番の問題だ。敵なのか味方なのか、それさえはっきりすれば対応方法も決まるというものだ。
ニデリックとしては、能力の真価を図ることができればそれでよいというのが本当のところだ。
「ミリア、これは大事なことですからちゃんと話さねばなりませんね。もし彼があなたの思っている以上の素質や能力を持っていて、あなたに隠しているとしたらどうでしょう。これまでのあなたのお話によれば、彼はそう悪い人間ではないように感じています。しかし、それはあくまでもあなたが見ている彼が、です。考えたくはありませんが人は
「具体的におっしゃってください。もし彼の能力が私の想像以上のものだったとした場合、彼を国家魔術院へ参入させるおつもりですか?」
「それが一番ありがたいことですが、可能なのでしょうか?」
「もしそうなったら、私が彼を説き伏せて見せます」
「なるほど。君は我々に協力すると、そういう意味にとらえてよいのですね?」
「もちろんです。私も国家魔術院の一員です。彼の能力がそれ程のものであるのなら一緒にこの道を歩むことができるのは至上の喜びです」
「わかりました。それではまず、彼の本名を教えてください。そして彼について知っていることを私に話してください。それから彼について今後どうするかを決めていきましょう」
ニデリックとしては、彼の素性を明らかに出来さえすればそれでいい。もし彼の能力が報告通りであったとしても、どういう人間なのかを知っておけば対応の方法はいくらでもあるのだ。
「キール・ヴァイス――。これが彼の本名です。現在は王立大学の1年生を途中休学しています。ヘラルドカッツのカインズベルクに今は住んでいます。出身は我が国の辺境の街と聞いています、それ以上はわかりません。ですが、彼の両親については聞いています。父君はヒュリアスティ・レリアル、母君はレオローラ・ジョリアンと彼は言っていました」
「な、なんと。あの2人ですか?」
「はい、天才画家のレリアル殿と演劇界の女王のレオローラ様です」
「これは何とも驚きました。でも、彼らは確か未婚だったはずでは――」
「さすがによくご存じですね、院長。その通りです。でもそれは彼らの芸能活動上のプロフィールにすぎません。お名前も本名ではないとのことです。少なくとも彼はそう私に話してくれました。もちろん、真偽を確かめるすべはありませんでしたが」
ニデリックはミリアの話は本当だと確信していた。根拠といえるものは乏しいのだが、ここで嘘をついて私たちから敵視あるいは
おそらく彼女の目的は一つだ。
――キール・ヴァイスは危険人物ではない。
そう、我々国家魔術院、いや、私ニデリック・ヴァン・ヴュルストに信じてもらえればいいのだ。
(どうやらこのあたりが落としどころのようですね――)
ニデリックはそう考えて、
「わかりました、ミリア。今日はいろいろとすまなかったね。呼びつけておいて無粋なことまで聞いてしまいました、お許しいただけるとありがたい」
そう言ってミリアに頭を下げた。
「院長!? そんな、頭を上げてください、困ります!」
「ああ、別に構いやしないよ。私は
「彼の能力をそんなにも評価されておられるのですか?」
「そうですね――。私もまだ目にしたわけではないので、今は何とも言えませんが、報告通りだとすれば、私に匹敵するか、もしくはそれ以上という事も考えられなくはないのです」
(これは、対価というものだ。ミリアは
そう考えたニデリックは、掴んでいる情報の一部をミリアへの
「それにしてもいったいどのような青年なのでしょう。君がそれ程入れ込むというのは、なかなかに興味深いですね。早く会ってみたいものです」
そう言ってニデリックはミリアに優しい笑みを向けた。
(やはり、本当はお優しい方なのだ――)
ミリアは心からそう思った。最後に聞いたキールの情報は、今日の私への院長からのご褒美だ――。
執務室を出たミリアは小さな拳を握りしめた。
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