第63話 氷の眼差し
ネインリヒはミヒャエルからの2通の手紙に目を通していた。
1通目の手紙のすぐ翌日に2通目の手紙が届いたのだ。
1通目の手紙は対象の男のファーストネームが判明したというものだった。対象の男の名は「キール」というらしい。少なくとも複数の人物がそう呼んでいるのを確認したという事だから、本名かどうかは別として、その名で生きていることに間違いはないようだ。これ以上明確に名前を調べるには、より接近する必要があるがどうするか指示が欲しいというものだった。つまり、調べるためにはこちらの動きが悟られる心配があるということを言っているのだろう。そのリスクをとるかどうか――。
ネインリヒはこの1通目の手紙を読んだ後は、そこまでのリスクはまだ侵さなくてよいと考えた。まずは「キール」についてこの国で調べられることがあるはずだと思ったからだ。場合によってはそんなリスクを冒さなくとも「キール」の素性が判明するかもしれない。
そのように考えて返事を送ろうとしていた矢先、2通目の手紙が届いたのだ。
2通目の手紙にはこうあった。
『とんでもないことが起きた。「キール」は魔術師だった。そこまではまだ予想の範囲内だ。しかし、その素質ははるかに予想を上回っていた。やつは錬成「3」、これは確実だが、もしかしたら「4」かもしれない。出来ればこれ以上近づくのは俺個人としては避けたい。それでもそうしろというのなら報酬は今の額じゃ割りが合わないというほかない。早急に返事をくれ。気づかれたらもしかすると俺の命が危うくなるかもしれん』
錬成「4」――。
おそらくいま世界中の魔術師を洗い出したとしても錬成「4」魔術師は片手にも満たない数しかいないだろう。
我が国の国家魔術院院長、ニデリック・ヴァン・ヴュルストも錬成「4」の魔術師だ。そして、錬成「4」魔術師は我が国には彼しかいない。
それほど貴重な素質の持ち主だということだ。
その超希少な魔術師とミリアが会合を重ねている。ミリア自身も錬成「3」で上位クラスという逸材であるが、その彼女とその男が会っているというのであれば、今後の展開によってはミリアすら危険視しなければならないということになる。
(なんということだ。これはあの焼死事件がどうとかのレベルの話ではなくなってきた。国家危機レベルの話だ。仮にその男が悪意を持つものだったとしたら、そしてミリアも共謀しているとすれば、現在の我が国の国家魔術院のみで対応できるか微妙なラインといっても過言ではない。さすがにこれ以上は私の一存でどうにかできる話ではなさそうだ――)
ネインリヒはニデリックへこの話を持っていくことを決意した。
******
「なるほど……。それはすこし困ったことになりましたね」
ニデリックはネインリヒの話を聞いて答えた。
魔術院の院長室の執務机に両肘をついて手のひらを合わせて指を組む。そうしてそこに自身の
ニデリックお決まりのスタイルだ。それは、何か考え事をするときの彼の癖の一つだった。
そうして数秒後、
「いたし方ありません。まずはミリアを呼んで話を聞くとしましょう。焼死事件のことは場合によって話すことになるかもしれませんが、できればあまり敵視されるのは控えたいところですね。私が
と静かに落ち着いた口調で言った。
「はい。申し訳ございません、お手を
ネインリヒが素直に自身の範囲内で納められなかったことについて謝罪した。
「何を言うのです。あなたの働きがあってこそ私の仕事が活きるというものですよ。こういうことは私の役割ですからね、気にする必要はありません。しかし――」
ニデリックはそこで一旦呼吸を挟み、
「錬成「4」魔術師とは、これはまたとんでもないものが現れましたねぇ。国家魔術院がこれまで全く気付かなかったというのも不思議なものですが、本当にそうだとすれば気づかなかったという方がむしろ問題かもしれません」
「はい、ですがまだ我が国出身のものであると決まったわけではありませんし、錬成「4」も定かではありません――」
「ネインリヒ君、おそらく間違いないと思います。そのものは我が国出身で、しかも錬成「4」魔術師でしょう。最近少し、魔術院の仕事が
ニデリックの視線がネインリヒの両眼をとらえて放さない。
この方がなぜ『氷結の魔術師』と呼ばれているか。ネインリヒは知っている。
一つには、「氷結系魔法」の技術が優れているということでもある。彼の錬成「4」から繰り出される様々な「氷結系魔法」は高速かつ変幻自在だ。
しかし、本当はそっちの意味を表してはいない。
この眼差しだ――。
冷たく鋭いこの眼差し。狙ったものを逃さない強い意志と冷徹な思考がそこに宿っている。
「も、申し訳ございません。すぐに関係各所に通達を発し、しかるべき処置を行います――」
ネインリヒの背中は冷や汗でびしょびしょになっていた。
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