第60話 ミヒャエルの仕事
ミヒャエル・グリューネワルトを覚えておいでだろうか。
ネインリヒの手下で諜報活動をしている彼だ。
本国に戻った後すぐに次の「仕事」をゲットして、また、ヘラルドカッツに戻ってきていた彼は、それからは誰かを見張るのではなかった為結構自由に動くことができた。
今回の「仕事」は対象の動向を探るのではなく、対象の情報を探ることだ。この差は実に大きい。
動きを追うにはその対象に張り付いている必要があるため、こちらの動きはおのずと制限される。しかし今回は情報を収集するのが目的なのだ。ずっと動きを追う必要は特にない。
ミヒャエルは実に自由にカインズベルクを満喫できている。
この仕事の恩恵の一つは、こういった外国旅行が副次的に可能になるという事だろう。経費はすべて、王国が持ってくれる。それは必要経費だからだ。
ミヒャエルはまず、「キール」の仕事場所と住居を特定した。これは簡単だ。一日張り付けばすぐにわかる。そして次の日にはもう一人の調査対象、「女学生」の方に張り付いた。彼女のことについてわかっているのは、「キール」と図書館で出会っていることだけだ。つまり、次に彼女が「キール」と共に図書館を出てきてからが仕事の始まりだ。
それはつまり夕方過ぎからという事になる。
それまではある意味「自由時間」となる。
そこでその日の前半はその女学生の学校を調べることにした。
魔術士教育学院。
その制服はそう呼ばれている学校のものであることは前回の調査の時の聞き込みですでに判明していた。
正式な学校の名称は、ヘラルドカッツ魔術院立魔術師教育訓練学院。初等科、中等科、高等科の3つの年齢的区分がある。
彼女は年齢からして高等科に通っているのだろう。
この学院の特徴は、王国魔術師の養成を主たる目的としているにもかかわらず、周辺国家からの留学生も受け入れている点だろう。しかもその身分は不問となっている。
つまり、各国の貴族階級の子息であっても魔術師適性があるものであれば誰でも原則的には入学が可能だ。
ヘラルドカッツの国家魔術院は世界最高とまで言われている。
それは世界最高の魔術師がここにいるからではない。その規模が世界一なのだ。ヘラルドカッツ王国国家魔術院に在籍する魔術師の数は周辺国家のそれを圧倒的に上回っている。
それも、この魔術師教育訓練学院の存在が大きい。
前にも話したが、この世界では「自由出国権協定」というものが結ばれており、平民であればいつでも自由に所属する国家を移すことができる制度がある。
ヘラルドカッツのこの魔術師教育訓練学院の卒業者で平民のものはそのままここ、ヘラルドカッツ王国に所属を変えるものが多く存在するのだ。
自然、その人数は増大していく傾向になるのは想像に難くない。
そうしてヘラルドカッツ王国国家魔術院の所属魔術師はどんどん増えていった。
しかし、弊害がないわけではない。留学生たちの帰国も当然自由だからである。
つまり、情報が洩れる。
ヘラルドカッツの国家魔術院の構成メンバーについてその情報が各国へ漏れる可能性は否定できない。また、「魔術士教育学院」においてどのような術式の訓練を行っているかも当然ながら各国へ筒抜けになる。
例えば新しい術式が生まれたとしてもこれを秘匿しておくことはまず不可能だと思われる。それほど生徒たちの数が多いという事だ。
つまり、ヘラルドカッツの魔術院方針は、質より量というところであろう。情報が拡散するのはある意味抑止力的に働く可能性もある。あながちマイナスという事でもない。
それより、数の差はそのまま力の差という場合もある。そちらを優先していると言えるだろう。
ともあれ、その魔術士教育学院の高等科3年に彼女が在籍していることを突き止め、名前も明らかになった。
アステリッド・コルティーレが彼女の名前だ。
コルティーレという家名には記憶がある。我が国メストリルの貴族家の中にその家名があったはずだ。ただ北方の田舎貴族の家名なのでそれ程地位は高くない。一応家名は男爵家であるが、それも随分と昔に落ちぶれてしまっている。現在はたしかケルヒ領のメストレー家の客分という扱いになっているはずだ。メストレー家の側で領地の管理に協力している傍ら庇護を受けているというところだ。
まさか、
コルティーレの屋敷は郊外の貴族屋敷群の中に存在していた。田舎の落ちぶれた貴族とはいえそこは貴族である。さすがに立派な屋敷を持っている。これを手放さずにいられるという事は、何とか財政的には
優秀な魔術師ともなればメストリル国家魔術院へ編入が適うかもしれない。そうなれば財政は一気に回復するだろう。将来国家の中枢に近いところで活躍する可能性も出てくる。
それで、魔法の才能をもった娘をヘラルドカッツへ留学させている。まあそんなところか。
ミヒャエルはそこまで調査を進めると、カインズベルク大図書館の玄関が見えるカフェへ戻っていた。
二人が出てくるまではゆっくりと休憩することにしよう。
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