第58話 素質の開花
キールはアステリッドを伴って、カインズベルクの郊外、ベルルント丘陵へとやってきていた。
アステリッドは今日から3連休とか言っていた。なので、ついて行くと言って聞かなかった。
まあ、彼女がいる方が何かの時には助けになってくれるのは間違いはない。何と言っても彼女の魔法の素質はミリアと同等だろうと思われるからだ。錬成「2」、クラスは上位だろう。どうしてそんな彼女がここ、カインズベルクにいるのかは不明だが、親の意向と言っていたので、本国メストリルの魔術院ももしかしたら了承済みのことなのかもしれない。
いずれにせよ、彼女がいてくれれば回復の心配をしなくてもよいというのが第一次的に安心材料となる。
キールは早速、『術式発動』の準備に入った。
まずは『空間転移』だ。
詠唱は非常に長いものだった。
その間集中を切らさずただ数メートル転移することだけをイメージして魔力を注入しながら術式を組み上げてゆく。
キールには確信があった。成功はするのだ、と。
これまでの6つの魔術式もそうだったが、完全に解読が成功したものの中で発動に至らなかったものは実は一つもない。
つまり、「キールは」解読できた魔術式は必ず成功させることができるのだ。ただ一つ不安なのは、今回の魔術式のクラスが「上位」でも「高度」でもなく、「超高度」クラス以上だという事だ。
やがて、キールは予感した。
『来る――』と。
そして次の瞬間だった。キールはイメージしていた通り、自身が今まで立っていた場所から数メートル先の場所へ「転移」した。
「はあ!? 何ですか今の? なんていうか、びょん! って感じで見えましたけど?」
アステリッドが目を丸くしている。
キール自身の視点から言うと、今立っている場所に目的地が「寄ってきて重なってさっきいた場所がふうっと消えてゆく」と、そんな感じだった。
やはり思っていた通りだ。
そりゃそうだ、考えてみればわかる話だ。実際にやってみればわかる話だが、自分は何一つ「動いていない」。なのに立っていた「場所」が変わる。
つまり、「場所」のほうが「動いた」のだ。
「なるほど……。アステリッドからはどうみえたの?」
「なんていうか一瞬、ぶわんってキールさんが揺れて、次の瞬間には移動してました」
「まあ、そう見えるだろうね」
キールは今自分が見た景色をアステリッドに説明した。
アステリッドからすれば意味が解らないところだろうが、まあ、一応見たことを伝える程度のことはさすがにしないわけにもいくまい。
「てか、キールさんって、本当にすごい魔術師だったんですね。これおそらく次元魔法ですよね? 超高度クラスってことになりますよ? おそらく今世界一の魔術師になったんですよ、キールさん」
言葉とは裏腹にアステリッドは落ち着き払っている。この子はこういうところに動じない傾向があって面白い。
そのくせ、たまに顔が近づいた時に「はわわわ~」ってなったりする。何ともおかしい女の子だ。
でも、キールにとってはいちいちキールのやることに驚かれているようではおそらく自分のパートナーは務まらないと思える。
そのぐらい自分でもこの「素質」が異常なのは理解している。
今回も成功するのは「わかっていた」。
これまでも、やったことのない術式であっても、『真魔術式総覧』をしっかりと解読できたものはすべて成功しているのだ。これは根拠のない確信ではあるが、段階的にある場所へと導かれているように思う。
「アステリッド――。次の術式を使った後、僕はここへ戻ってこれるか少しわからなくなっている。もし仮に僕が数分経っても戻らなかったら、君は僕のことは放っておいて家に帰るんだよ?」
「え? どういうことですか?」
「たぶん、これから行くところで会う人とは長話になりそうだからね――。君は心配しないで。また大図書館で会おう。だから、数分経っても戻らなかったときはあの大図書館の部屋で待ってて。必ずそこへ帰るから、いいね? 約束だよ?」
「キールさん? ちょっとなんか私怖いんですけど――」
この子には珍しく動揺している様子が見える。
「ごめんね、怖がらせちゃって。でも、必ず帰るから、心配しないで。信じて待ってて、アステリッド」
そう言うとキールは二つ目の「術式発動」を始めた。
やがてキールは自身の存在が一瞬希薄になるようなそんな感覚に見舞われたが、自分自身の存在を強く意識し続ける。そうしてやがて、明らかに現実とは違う世界へと自身が踏み込んでいることを理解した。
(やはり――。そういうことなんだろう――)
キールからはまだアステリッドの姿が見えている。しかしアステリッドの様子は明らかにキールを見失っているのが伺える。向こうの音声は聞こえない。アステリッドが自分の名を呼んでいるのが「見える」が、聞こえはしない。
(ごめんね、驚かせてしまって。でも、おそらくどこかにあるはずなんだ。この世界のどこかに、あっちへ行けるきっかけがあるはずなんだ――)
キールは自分の周囲を注意深く「感じる」。
すると、ある方向に違和感を感じた。次元のはざまのはざまともいうべき「扉」。
(ついに見つけた――。じいさん、待ってろよ――)
キールはその方向へと自身を移動させていった。
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