第57話 新しい術式の発見


――クルシュ暦366年10月下旬


 キールは相変わらずカインズベルク大図書館に通っている。

 ミリアたちがメストリルへ帰って行ってからあっという間に2カ月が過ぎた。


 その間に『真魔術式総覧』の中にある、2つの術式の解読に成功した。

 『空間転移』と『幽体』だ。


 初め見たときはその記述の真偽を疑った。


 『空間転移』は、離れた場所へ瞬時に物体を移動する、あるいは、させる魔法、つまり「時間」または「次元」を操る魔法だ。


 物体が移動するのに必要なもの、それは何か?

 もちろん、「動力」である。物が動く為の力が必要だ。それはすぐにわかる。

 例えば机を移動させようとする。

 その場合、机を持ち上げ場所を移動し降ろすという「力」が必要だ。この「力」は常に物理的な力によるものとは限らない。この世界にはもう一つ力を生み出す方法があるのだ。


 魔法――。


 『物体移動』という基本術式がある。物に力を加えて移動させる魔法だ。この術式によって、対象物にかかる「力」を生成することで、物を動かすことができるのだ。


 しかし、実は物を動かすのに必要な要素がもう一つあることを、人間は忘れがちである。でも、これはある意味致し方がないことなのだ。なぜなら、それを自在に操ることができるものなど少なくとも現代には一人もいないし、おそらくのところ過去にももしかしたら数千年にわたって存在しなかったかもしれない。


 そのもう一つの要素、それは、「時間」だ。


 ものを動かす時に必要なもの、それは「力」と「時間」の二つなのだ。


 なのにこの術式は、そのどちらも必要としないで物をある一点からある一点へ文字通り「移動させる」術式だという。

 この二つの要素を使わずに物を移動させることができるとすれば、その方法は一つしかない。


 「次元」を操り、今ある場所と移動先の場所をことだ。

 考えるだけで言えば単純明快だ。「物」を動かすのではなく、「場所」を動かす。


 「場所」が変われば「移動」したのと同じ結果が生まれるのだ。

 当然、次元を操れないものから見れば、瞬時に「物」が移動したように見える。


(そんなことが本当に可能なのか?)

キールはさすがにその記述を疑わざるを得なかった。

 しかし、これはロバート・エルダー・ボウンの書なのだ。何が書いてあってもおかしくはない。現に、(おとぎ話の世界ではあるが)大魔導士ボウンは空を飛び、瞬間移動し、物を空間のはざまに消し去る。

 人は皆それはおとぎ話、童話の世界の話だとしか思わないだろうが、全て実話でないと言い切る根拠もまた存在しないのだ。


――いい考え方じゃ。その通りじゃ。それを不可能と誰が言うた? 出来ない者が不可能というのは当たり前のことじゃが、出来るものから言えばそれをできないから不可能と言っているに過ぎないことじゃとわかる。「魔法」とは元来、想像したものを具現化する力のことじゃ。人は想像できるものしか生み出せないのじゃよ。


(なるほど。で、あんたのいるところにこれで行けるのかい?)


――さあな、どうじゃろうな。お前次第というところかの……。


(消えた、か)


 さすがにもう慣れた。この声の主が「誰」なのかおおよその察しはついている。だが、今もそうなのかはわからない。もしかしたら今はもう、違うのかもしれない。

 ただはっきりしたのは、この『空間転移』を使って、その声の主の場所に行けることが明らかになったという事だ。「声(おじいさん)」は明確に「否定」しなかった。否定しないという事は可能性があるってことだ。


(とにかくまずが術式の発動訓練を行うところからだな。で、もう一つの方だけど――)


 『幽体』――。

 自身の体を気化させて、空間に漂わせる術式とある。はっきり言って意味が解らない。これはどのランクの魔法なのか? 自身の体が対象とすれば「物」が対象となって通常ランク魔法という事になるか、あるいは「生物」が対象となって上位ランク魔法という事になるだろうか。しかしそんなことができる魔術師は聞いたことがない。

 とすれば、やはりこれも「次元」を操る魔法、つまり超高度クラスと考えるのが妥当だろうか。


 気化させて消えるという表記ではあるが、こうは考えられないだろうか。現次元とは違う次元に移るというのはどうだろう。そもそも「次元」というのがどういうものなのかという概念がはっきりしないのだが、同じ場所同じ時間に何層もの同調世界があったとしたら、その世界に一時的に身を置くことによって、現世界から消えるというのはどうだろう。

 

(そもそもあの声のおじいさんはどこに存在してるんだ? どこにでもいるし、どこにもいない。つまりは次元のはざまにいるんじゃないのか?)


 そう考えれば合点がてんが行く。


 しかしこんなことは考えても答えが出ることじゃない。実際にやってみなければ答えはわからないんだ。

 さあて問題は、たった一つだけだ。


――僕にこの術式を発動させる「素質」があるかどうかだ。


 魔法の発動ランクには生まれもった「素質」が影響することはこの世界の常識となっている。これまでに僕が発動できた魔法は、精神を対象とする高度ランクのものまでだ。

 しかし、実は重要なことを見落としている。

 僕はまだ、その上のランクの術式を“知らなかった”のだ。

 つまり、発動できないのではなく、発動させたことがないだけなんだ。


(可能性はゼロじゃない――)


 

 


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