第56話 進展するふたり※
ミリアは思案していた。
「バレリア文字」とよく似た形式をもつ、この『魔術錬成術式総覧』の古代文字。
しかし、クリストファーの言によれば、それは「バレリア文字」そのものではないという。バレリア文字の文法で訳しても意味が通らないわけではない。いや、むしろしっかりと「意味をなしている」のだ。
そうして何度その通りに錬成に臨んでも、魔法が発現することはなかった。
そこで、思ったのがキールの言葉、『真魔術式総覧』の古代文字は言語と文法が組み合わされているというところだった。
かつて七色の魔術師と呼ばれたエドガー・ケイスルは、ボウンと同じ時代の魔術師ではない。彼よりずっと後の時代に生きた魔術師だ。だとすれば、彼も『真魔術式総覧』に触れた可能性もゼロとは言い切れない。
そうして彼も『真魔術式総覧』の言語の秘密に辿り着いたとすればどうだろう。
「使える」と思ってもおかしくはない。
現に、この語句と文法の「パズル」手法は実に巧妙に出来上がっている。しっかりと知識や経験を持ち、なおかつ相当な執念を持つ者でなければこれを解読しようとはするまい。奥義を後世に伝えるにあたって簡単にそれを伝えようとはミリアも考えない。やはりそれ相応の術者へ伝えたいと思うのは必定であろう。
だから、これも「パズル」なんだ。
ミリアはそう考えた。そうして、バレリア文字の綴り(実際には若干の差異はあるが)と何かの文法を組み合わせているとすれば、今判明している術式では発動しないのにも説明がつくのではないか。
では、「文法」はどこの言語を使っているのか?
エドガー・ケイスルの出身は、現在では西方の小国ゲシュプシュルヒトがある地、かつては大帝国が存在していたその地方だと言われている。
そこでミリアはその地方の言語をあたった。候補は3つだった。
その地方の共通語ともいえるヘール語、ケイスルの故郷といわれる地方のグウィン語、そしてその前身となったカリスト語の3つだ。
その地方でこれまでに使われた言語はこの3つだけである。
そうして、この3つの言語について、クリストファーに協力をしてもらって、「バレリア文字」と似た文法を持つ言語を割り出しにかかった。
答えはすぐに判明した。
カリスト語がバレリア文字とよく似た文法を持っている。しかし、一部にバレリア文字とは違う特徴があったのだ。
ミリアは「見つけた」と確信した。
その特徴を当てはめて、『魔術錬成術式総覧』のすでに解読作業が終わっていると思われる術式の記述を、改めて訳しなおしてみる。
すると何という事か、これまで思っていた術式とは構成が全く変わってしまったのだ。
しかし、言語の意味はしっかりと通っている。
「見つけたわ――」
ミリアは小さくつぶやいた。
「ええ、おそらくこれで間違いないと思います」
クリストファーも同調した。
この時ミリアが初めて答えに辿り着いた錬成術式は『
どのような魔法なのか。それは発現してみなければわからないが、魔法生成の原則として、その威力と使用した魔力の量が比例することを考えれば、小さな魔力でまずは錬成術式の発動の訓練をし、その後、魔力を少しずつ増大させていくという訓練方法をとることは基本中の基本である。
次の休日、ミリアとクリストファーはこの錬成に挑戦することで合意した。
******
一方、クリストファーの研究の方にも若干の進展が見られた。「レーゲンの遺産」についてだが、これがどこに保管されているのか、まずはこれを見つけ出さなければならない。
しかしすべての彼の書物をくまなく読破したが、そのどこにもそれにあたる記述はなかった。やはりこちらもなかなかの天才だ。一筋縄ではいかない。
クリストファーもミリアと同じようなことを考えていた。
アステリッドはこう言った。
『互いに互いの知りたいことの情報やきっかけを持っている。「パズル」のようだ』
と。
であるとすれば、ミリアの知っていることで自分に必要なことがあるのかもしれない。またそれはキールやアステリッドともあるのだろうか?
アステリッドとはこの間の「円盤」の件でなんとなくつながりがあるように思えた。
ではミリアが持っている自分に必要な情報って何なのだろう。
今回ミリアは一つの帰結点を見出した。
『カリスト語』の文法でバレリア文字の綴りで書かれたという書物――。
もしかしたらそれが『鍵』?
試しにレーゲンの書物の目次欄をカリスト語に訳しなおしてみた。
――!
何という事だ。
まさか、そんなことになろうとは!
その目次の頭の
『次の鍵を授ける。鍵は円盤の部屋にある。灯りを用意せよ』
(レーゲンからのメッセージか!)
偶然にしては出来すぎている。これは明らかなメッセージだ。
『灯りを用意せよ』――。
今のところこの「鍵」が何なのかはわからないが、とにかく『次の鍵』の在処は判明した。
やはり、これは「パズル」なのだろう。
『円盤の部屋、灯り』、クリストファーの次の目標が明らかになった瞬間だった。
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