第55話 忍び寄る足音


 ミリアが夏季休暇中に誰と出会っていたのかはそのうち判明するだろう。こちらはこちらでできることを進めていくとしよう。

 

 ネインリヒはそのように頭を切り替えた。まずはクリストファー・ダン・ヴェラーニだ。

 ラアナの神童の異名の通り彼は優秀な学生だ。魔法の心得もある。しかし、魔法については国家魔術院の保護対象とはならなかった。それは彼が錬成「1」だったからだ。


 錬成「1」の魔法使いは錬成魔法が使えない。単独魔法では魔法の効果は半減以下になってしまう。

 魔法の特質として、魔法と魔法を掛け合わせてこそその魔法は強力な効果を発揮する。

 例えば「火炎フレイム」。

 手のひらの上に炎を発現させる魔法で、初等魔術の一つだ。


 たしかに、魔法使いでないものから見れば脅威かもしれないが、国家魔術院が保護するのは対国家戦略として戦力となるものに限る。手のひらの上にどれほど強力な炎を発現したとしても、それを相手に向ける手段がなければただ目の前にある物を焦がすことしかできない。

 そんなものは「水成」と「物理移動」の錬成魔法の前では全くの無力だ。

 だから、各国の暗殺者たちも脅威にならないものなど排除しようとはしない、つまり、襲われない以上保護する必要がないのだ。

 それに、魔法を使って仮に犯罪を行おうとしても、魔法を使用すれば魔法痕跡が残り、すぐに特定されてしまう。つまり、自分がやりましたと宣言しているようなものなのだ。


 その彼が、国家魔術院の次世代を担うスーパーエリートのミリアと一緒にいる理由は?


 明らかに「魔法」のことではないと思える。であれば、ただの男女の想いを募らせているだけか?

 いや、もしそれだけであるならわざわざ往復2週間もかかる旅にミリアが彼を連れて行く理由はない。

 ミリアにもそうするべき理由があったと考えるほうが妥当だ。


 ではどうしてクリストファーを連れて行く必要があったのか?


 ミリアとクリストファーが会っていたという男と女学生が何者かわかればこの謎は解けるかもしれないが、今はまだ不明だ。


 クリストファーは「レーゲンの遺産」について調べていると思われる。それは彼の愛読書がレーゲンの書であること、彼の専攻が考古歴史学であることを見れば明らかだ。

 

「レーゲンの遺産」については、国家魔術院も、ネインリヒも少しは聞いている。メストリル南方の遺跡から出土した遺物についての研究の成果をレーゲン自身がどこかに秘匿しているらしいが、その在処は彼の問いに答えられるものしかたどり着けないと言われている。

 かろうじて残っている彼の書物の記述から、その一つが「金属の円盤」であることがわかっているのみだ。

 国家魔術院もそんな何になるかわからないものに興味はないし、予備知識として一応感知しているという程度に過ぎない。


 あるいは、その線か――?


 レーゲンの見つけた遺跡の遺物には「バレリア文字」という古代文字が使われているという。

 普通に考えれば、書庫や大図書館でやることと言えば、書物に関する調査か歴史に関する調査であろうか。過去の偉人たちのこれまでの研究の成果を洗い出し、再度考察し、練り直す。

 そもそもそういう場所ではないだろうか。


 ふむ、少し見えてきたような気がする。


 そうとなればネインリヒがやることは明白だ、大書庫へ行って、「メリー・ヘンダートミリア・ハインツフェルト」の閲覧記録を調べるだけだ。



 次の院長不在の日に真っ先にやるべきことが決まった。


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