第50話 ミリアとクリス(2)


「君、レーゲンの遺産を探しているの?」


 ミリアは直球で勝負した。そもそもこのお嬢様は回りくどい言い回しができないたちなのだ。まあそこがミリア・ハインツフェルトたる所以ゆえんなのだろうが。


「え? ミリア様もレーゲンの遺産をご存じなのですか?」

クリストファーは質問に質問で返してしまった。とはいえこちらも特に警戒心がない正直な回答といえるだろう。


「聞いているのは私の方なのよ? 答えなさい」

一応相手の反応をみれば一目瞭然なのだが、ここでクリスの質問に答えると、会話の主導権を奪われてしまいかねない。ここは譲ってはならない。


「あ、はい、失礼いたしました。僕の生涯の目標となるかと思っております」


「そう――。それでバレリア文字、だったのね?」


「あ、ええ、そうです。彼の研究は半ばで終わりを迎えました。そしてそれを継ぐ者に後を託してこの世を去りました。僕は彼の研究の先へ進みたいと思っています」


「どこまでわかっているの?」


「バレリア文明はここメストリルの遥か南の地に存在した過去の文明です。そこには『箱』が存在していました。その中に納められていたものはすでにすべて回収され、彼の後援をしていたものがそれを預かったのです。その者の名はウェンディ・ミューラン。実は彼の恋人ですよ。そして王立出版の元になった組織、メストリル出版の会頭でもあります。なので、当時の彼の書物はすべてメストリル出版から刊行され、現在の増版は王立出版が行っているのです」


 クリストファーの回答の言い回しからは、特に隠していることは見受けられない。至極普通に質問に答えている。これが示すものは明確だ。

(この子はただ私がバレリア文字に興味があると思ったから近づいたのだ――)


「なるほど、分かったわ。ありがとう。それで? いくらか進展はしているんでしょう?」

しかし追撃の手は緩めてはならない。主導権を握ったままで進めなければ……。ミリアにはことがあるのだ。

(この流れで行けば私もバレリア文字とレーゲンの遺産に興味があると思わせることができる。『錬成術式総覧』のことはまだ話せない――)


「ええ、もちろんです! ミリア様もご興味があるのではと思って――。この間は唐突にお声をかけてしまって申し訳ございませんでした」


「いいのよ。こちらも少し警戒しすぎたわ、気を悪くしたのなら謝らないとね」


「え? いや、そんな、とんでもないです。恐縮です」


「ところでそのバレリア文字なんだけど――」

(あとは、レーゲンがたどり着けなかった『elektrishe』という単語について話題を進めれば完璧だ。これであとはゆっくりと彼の知識を吸収してゆけばいい――)



 結局その後、数日のうちにクリスに「本当の事」を話すことになる。ミリアが探しているものはレーゲンの遺産ではなく、『魔術錬成術式総覧』の解読でまだ掴めてない「なにか」であるという事を。

 その「なにか」に辿り着くためにバレリア文字を調べているという事をクリスに打ち明けるまで、それ程の時間は必要なかった。

 結局彼は見たままの、優しく聡明で裏表のない好青年だった。


 その後二人は、王立書庫の個室この場所で互いの研究を進めてゆくことになった。

 ミリアは『総覧』の解読を、クリスはレーゲンの遺産の在処と『elektrishe』についての考察を進めるために。


 そうして間もなく、夏季休暇を迎えたのである。

 ミリアが休暇中にヘラルドカッツにいる旧友に会いに行くという話に飛びついたクリスは、自分もついて行っていいかと切り出した。目的はカインズベルク大図書館だ。一度は訪れてそこの蔵書を把握しておきたいと思っていたと彼は言った。もちろん、レーゲンとバレリア文明についての書物の蔵書についてだ。

 レーゲンが書いた書物はすべて今も王立出版から出ているため、メストリルの王立書庫にすべて所蔵されている。しかし、彼を研究している先人たちがいれば、それらすべてが王立書庫にあるとは考えられない。

 世界一の規模を誇るカインズベルク大図書館であれば、すべてとは言わないまでも、王立書庫ここよりは蔵書があるかもしれない。


 そのように彼は説明した。

 ミリアも旅の連れができることは心強い。それに、アイツに一泡吹かせてやりたい気もする。


 


 そうして、今、カインズベルク大図書館の個室には集合していた。

 キール・ヴァイス、ミリア・ハインツフェルト、クリストファー・ダン・ヴェラーニ。


 そしてもう一人、アステリッド・コルティーレ。



「思えばあの邂逅がすべての始まりだったのだろう。それは奇跡と言っても誰も文句を言わない程のものだった。この4人の集結がこれほど世の中に影響を与えることになろうとは、当時の私たちは誰もそんなことを想像すらしていなかった。私たちはそれぞれに違った分野に興味を持つただの学生だったのだから――」(『四賢者の邂逅について語る』クリストファー・ダン・ヴェラーニ著/王立出版刊より一部抜粋)


 

 


 

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