第51話 それぞれの求めるもの


 個室に4人もいると結構狭く感じるものなのだなと、キールは思っていた。


 大図書館の玄関口で二人と合流した直ぐ後、アステリッドも到着したので、4人で連れ立って個室へ入ったのだ。


 4人は改めて自己紹介をし、それぞれの研究していることについて打ち明け合った。

 キールは『真魔術式総覧』のこと、ミリアは『魔術錬成術式総覧』のこと、クリストファーは『レーゲンの遺産』のこと、そしてアステリッドは『前世の記憶』のことを調べていると言った。


 ここで、キールとアステリッドの『前世』(何代前かは定かではないが)が同じ世界の記憶のようだという事も告げた。

 ミリアとクリストファ―にはそのような兆候は見られないという。やはり、皆が皆そういう経験や記憶を持っているわけではないのだろう。

 この荒唐無稽こうとうむけいな話にも、二人は黙って聞いて理解しようと努めてくれた。こういう姿勢を持ってもらえると、話してよかったのだと安心する。

 そう、理解しなくてもいいのだ。人の話を聞くというのは、相手の言っていることを完全に理解する必要はない、理解しようと試みる姿勢を示せば、まずはそれだけで充分なんだ、とキールは感じた。

(人の言っていることを完全に理解することを、聞いてすぐにできる人間なんていない。でもその姿勢を示せば話し手はまずは安心できるんだ――)


 ミリアの研究についてだが、かなりの進展が見られているという。『魔術錬成術式総覧』の記述は「バレリア文字」を基にした「創作オリジナル言語」であると判明した。「バレリア文字」の単語が使われてはいるが、文法が違うのだという。

 ミリアはこれについて、それほど驚くことはなかったと言った。キールの持っている『真魔術式総覧』も同じような感覚を覚えていたからだ。事実、判明した術式、『傀儡パペット』と『引金トリガー』はそのようなていをしていたのを記憶していた。

 おそらくこの書物を書いたエドガー・ケイスルはロバート・エルダー・ボウンの『真魔術式総覧』にも触れたのかもしれない。そこからヒントを得て同じような手法を用いたのではないか。これはあくまでも推論である。これを明らかにすることは今となってはほぼ不可能なことだろう。


「とにかく、いくつかの錬成術式は9割方解読できているの、でもなぜか発動できないでいる。まだなにか『鍵』のようなものがあるように思うのよね――」

と言ってミリアは報告をまとめた。



 クリストファーは「レーゲンの遺産」について報告した。

 メストリルの遥か南に存在したというバレリア文明の古代遺産の中に、金属の「円盤」が納められていた。その「円盤」の謎は今もまだ解き明かされていないという。レーゲン・ウォルシュタートはこの謎に挑んだ考古学者だった。しかし、志半ばでその研究を終えることになったという。彼の時代では解き明かすことのできなかった謎を後世の世のものに託して。それこそが「レーゲンの遺産」と呼ばれているものだった。彼の研究に関する何かがどこかに隠されている。

 クリストファーはこの遺産を発見して、レーゲンの遺志を継ぎたいと考えているとのことだった。

 レーゲンが彼の世にはまだ存在しえないもの「elektrische」を追っていたことまでは突き止めている。おそらく、彼の書物のどこかに彼のその遺産の在処ありかを示す記述が隠されていると確信しているのだが、いまだに目星がついていないのだと言った。



 アステリッドは自身の夢の話を打ち明けた。今よりも発展した文明、自走する箱、箱がいくつも連なって走ってゆく様子、建物は何か硬く頑丈な素材で建てられていて地上数十階以上もある天までそびえる四角い塔がそれこそ無限と思えるほどの数が乱立している世界。

 机の上に置いてある不思議な窓と箱、窓の前においてある無数の突起が整然と並んだ板があり、その突起を叩くと、目の前においてある窓になにやら文字のようなものが現れる様子。

 そんなことを語った。そうしてそれが何なのかを探しているうちに、キールと出会ったのだと言った。



 キールは『真魔術式総覧』との邂逅であいを話した。そこから自力で魔法を習得したと言った。その結果ミリアに見咎みとがめられ、その流れでともに研究するようになったことを話した。ヘラルドカッツへ来たのは、大図書館が目的ではない。メストリルで暴漢に襲われたこと、暗殺者の魔術師と対決したこと、その結果として商家の商人とその魔術師が死んだことなど、全てを告白した。

 ミリアとアステリッドはこの話を全て知っている。クリストファーだけが今日初めて聞いたのだが、反応は同情的なものだった。それは因果応報、自己防衛の結末であり、キールに非はないとクリストファーも言った。

 なるほど、ミリアが彼を信頼するのもよくわかるとキールは思った。

 本の解読作業の進展についてだが、これは随分と進展があったという。『魔術錬成術式総覧』はバレリア文字を用い特殊な文法で書かれていた「創作言語」だとミリアが言ったが、『真魔術式総覧』はそれぞれの術式についてバラバラの言語、バラバラの文法が組み合わされて書かれていると突き止めた。

 そうして、最初に習得した4つの魔法の記述が解読の『鍵』になっていることもわかってきた。

 その結果として、いくつかのページで進展が見られたものがあった。ただまだ完全解明には至っていないため、新しい術式はまだ発現出来たものはない。


「あ、そうそう、どうも僕の使う術式と、現代初等魔法教育課程で習う術式は違う詠唱であることもわかったんだ。どうやら、ボウンの魔術式は現代の術式構成とは違う形をしているようだ」


 4人はそんなことを話し終えたところで、今日のところは解散することになった。

 続きはまた明日ここでという事になり、カインズベルク大図書館を出た。

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