第48話 再会
――クルシュ暦366年8月上旬
「キール! お久しぶりね、元気そうで何よりだわ――」
ミリアの第一声はそれだった。
春先に来た時と同じようにケリー農園の街道露店に押し掛けたミリアは、その時とはこれまた対照的な様子でキールに声をかけてきた。
「さあ、きっちり首を洗っていたのでしょうね?」
ミリアの語気の鋭さに、この
(ははは、すいません。いつもいつも驚かせてしまって――)
キールは思いながら、
「やあ、ミリア、お久しぶり。首を洗うって手紙でも言ってたけど、いったいなんのことだよ?」
といいつつ、ミリアの後方に控える背の高い美青年が気になって仕方がない。
「――それより、ミリア、そちらの方は? 紹介してくれるつもりなんだろう?」
その言葉にすこし勝ち誇ったような表情をしてみせたミリアは、
「彼は、クリストファー・ダン・ヴェラーニ君よ。いまは私の研究に付き合ってくれているわ」
と言ってキールに高らかに宣言した。
(さあ、やきもちを妬いて見なさい。わたしが彼と一緒に時間を過ごしているって聞いて動揺しなさい、キール!)
と強く心で念じている。
「へえ、君が手紙の彼か。とても優秀なんだってね。ミリアからそう聞いてるよ。すまないね、付き合ってもらって。今後もよろしくお願いするよ」
とさらりとキールは声をかけた。
(((へ――?)))
この場にいるキール以外の3人は同時に気を抜かれたような気分になる。
(それだけ?)
と、ミリアは拍子抜けした。
(へえ、動揺しないんだ。そんな関係でもないのかな?)
と、クリストファーはすこし
そしてもう一人、ハンナさんはこう思ったという。
(いやいやいや、この子相当の鈍感男だわ――)
――――――――
仕事が終わったキールは待ち合わせ場所であるカインズベルク大図書館に向かった。
二人は食事を済ませて先に向かっているか、待ち合わせの時間に合わせてやってくるだろう。
キールはこの日が来ることを本当に楽しみにしていた。これは本心だ。
ミリアは解読作業が進展していると言っていた。こちらも報告したい案件がいくつかある。
(やっぱりなんだかんだ言っても、あいつとこうやって話すのが一番楽しいのは事実なんだな――)
とキールは改めて思う。
ここまでの解読作業で、こちらにも一定の進展があった。いくつかのページの表記があと数割残す程度まで進んでいる。残念ながら、まだ術式発動までには至っていないが、どのような効果の術式なのかはおぼろげに判明しているものがすでに2つ存在する。
ミリアの方はどうなのだろう? もう術式発動まで行ったものはあるのかな?
そんなことを考えつつ、大図書館へ向かう足取りは自然と速くなった。
この都市の夏は初めての経験になるが、普段よりも人通りが増えているように感じる。そのことを下宿宿のメイリンさんに聞いてみると、カインズベルクは観光都市にもなっているから、この期間、学生たちの夏季休暇に合わせて家族旅行で訪れるものも多いのだと説明してくれた。
たしかに世界最大の都市ともなれば、見て回るところも多いのかもしれない。
基本的に下宿宿と勤め先と大図書館とネール横丁をぐるぐると回っているだけのキールにはあまりそんな感覚はなかったが、この間訪れたアステリッドの屋敷の周辺の貴族屋敷群やネール横丁とは対角線側に伸びるクインズアーリア通りなどの商店群などは見物しているだけでも時間を潰せるのかもしれない。
なにより、地方国家ではまずみられない景色であることに違いはない。
大図書館の入り口玄関に辿り着いたキールは辺りを見回したが、まだ二人の姿はなかった。
まあそのうち来るだろうと、しばらくは通りを眺めて待つことにする。
カインズベルク大図書館の前に広がる中央広場は交通の中心となっている場所なので、自然と人通りも馬車の往来も活発だ。
数分待っただろうか。人ごみの中に見慣れた顔を見つけたキールは右手を上げて、注意を引いた。それに気づいたミリアが表情を明るくしてこちらに駆けだしてくる、と思ったその瞬間だった――。
そのミリアの目前を馬車が通りがかった。
(ぶつかる――!)
キールは思わず駆け出していたが、ミリアの位置までは当然届かない。胸が早鐘を打つように鼓動するのがわかる。
馬車が通り過ぎた後に祈る想いで視線を向けると、クリストファーにしっかりと抱きしめられているミリアが目に入った。
キールは駆け寄ると、そのまま動かないミリアに向かって叫んだ。
「ミリア! 大丈夫か! ケガはないか?」
「だ、大丈夫――よ。――あっ!」
と言ってミリアはクリストファーの腕を思わず振り払った。
「あ、ごめんなさい、ありがとう、クリス――」
「いえ、大丈夫かい? ミリア」
そう返したクリストファーの呼びかけがあまりに自然に響いたのを聞いて、キールは一瞬胸が締め付けられるような感覚を覚えた。
(いや、今はそんな事より――)
「ミリア、本当に大丈夫か? どこもぶつけてないよな?」
キールの心配する声がミリアの心に染み入る。
(ああ、心配してくれるんだ――)
単純にそう思う、それだけでミリアには充分だった。
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