第47話 対抗意識は突然に


 ミリアの元に一通の手紙が届いた。

 差出人は、キーラン・ヴァイシュガルドとある。


 差出人の名前を確認したミリアは高鳴る胸を抑えきれず、自室に慌てて飛び込み、その封を切る。“キーラン”はかつてミリアこと“メリー”とともに、王立書庫で逢瀬を重ねた相手、つまり、キールの偽名だ。


(帰ってくるって連絡なの?)


 あふれる期待を胸に手紙を読み進める。


「親愛なるメリーへ


 くだんの書に関する重要な秘密に辿り着いた。これで解読速度が飛躍的に上がると思われる。内容についてはここで詳細を述べるわけにはいかないのが残念だ。

 最近、解読作業に一人の信用できる仲間が加わった。彼女も優秀な魔術師だ。今度紹介するよ。


 それではまた会える日を楽しみにしています。

                        

                        キーラン・ヴァイシュガルド」


 は?


 なによこれ?


 「彼女」ってだれなのよ! 


 ミリアは期待していた分、落胆も大きかったがその為に怒りが増幅されていくようだった。

 夏季休暇まであと2週間、期末試験の直前のこの時期にこんなどうでもいい手紙を送ってくるなんて。


(あのバカ、絶対許さないわ――)


と思いつつ、机に向かって勢いでペンを執る。



「親愛ならないキーランへ


 こちらも、解読作業に一人の青年が加わってくれています。

 彼は優しく、頭もよく、なによりとても美男子です。


 おかげさまで解読作業は順調に推移しています。次に出会うときには一定の報告ができると思います。

 どうぞ、お楽しみに。


 そちらはその彼女に優しくしてもらってください。

 夏季休暇までもう少しです。休暇になったらかならずそちらへ向かいますので、首を洗って待っておきなさい。

                         メリー・ヘンダート  」


 その勢いのまま封を閉じると、屋敷を飛び出して、郵便配達員を捕まえて即刻送り返した。



――――――――



(なんか、怒ってるような気がするけど。なんでだろう? それになんかことさらに解読作業に加わっている男のことを僕に猛アピールしているように思うんだけど――。まあいいか、もうすぐ夏季休暇だし、ミリアもまた来るつもりのようだから、その時に聞いてみよう)


 そう思って、手紙を折ろうとした時、個室の扉がガチャッと開いて、アステリッドが飛び込んできた。

 そうして、キールの手にある紙片に気が付くと、

「誰かからの手紙、ですか? ご実家からとか?」

と何の気もなしに聞いてくる。


「ああ、王立大学の旧友からだよ、話したろ? ミリア・ハインツフェルト、彼女からさ――」

と言ったか言わないうちに、キールの手からその手紙はアステリッドの手に移っていた。


「ちょ、おい、アステリッド、それは失礼ってものだろう――」


「ふん、なんだ。向こうもよろしくやってるって報告じゃないですか。そういうことならこちらも遠慮はしませんよ?」


「へ? よろしくなんたらって、なんのことだよ? それに遠慮って何の話だい?」


 バン――! 

 

 と大きな音を立ててアステリッドがその手紙を机の上に叩きつけた。


「キールさん、こんな女のことなんか忘れて、私と一緒になりませんか? わたしならこんな思いはさせませんよ?」


「は? アステリッド、なにをいきなり――」


「私にはいきなりではありません。初めて見たときから思いを寄せていたのですから。でも、お話を聞いて、半ばあきらめかけていたのですが、この手紙を読んで、俄然やる気が出てきました。さあ、お返事を!」


「は、はは。ちょっと、落ち着こうね、アステリッドさん? それにミリアと僕はそういう関係(どういう関係?)じゃないよ? (キスはした、いや、されたけど)」


「そんなことはどうでもいいんです。私とお付き合いしていただけますか? どうなんですか?」


「だ、か、ら、落ち着けって。ミリアとはそういう関係じゃないし、君には今後も協力してもらいたいと思ってる。でも、その、付き合うとか付き合わないとかそういうんじゃないよ、すまない。今の僕にはそういうことを考えている資格がないんだから――」


「焼死事件の話ですか? そんなもの、向こうの行動の因果応報じゃないですか。キールさんに罪なんてありませんよ」


「ああ、そうかもしれない。僕もそうなってくれれば一番いいと思ってる。でも、事実として2人の人が亡くなったんだ。何も責任がないなんてなかなか思えないよ」


「ふん。まあいいです。そのミリアさん、夏季休暇にはこちらに来るつもりのようですし、そこで決着をつけてやりますわ」


 なんだか変な方向に話が向いているような気がするが、ここはひとまず蒸し返すのはやめておいた方がよさそうだ。


「あ、アステリッド、実はこの箇所なんだけど、このページとこのページに同じ綴りの語句がたくさん出てくるんだ。君の意見を聞きたいんだけど――」


 このまま話を逸らしておこう。

 キールはそう思いながら、アステリッドに本を手渡した。

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