第46話 真相は闇の中


「ほう、ラアナの神童、ですか。ミリアさん、どうして今頃彼のことを知りたいとおもったのです?」

ネインリヒはやや意地悪い視線を向けてくる。この受け答えからすでにクリストファーのことを知っているというのは明白だ。


「この間、校内で見かけまして、聞くところによると、とても優秀な方だと言うので、ちょっと気になったんです。それ以上聞くのは無粋というものでしょう?」

ミリアはうまく誤魔化したつもりだったが、ネインリヒはどう感じたろうか。美少年に恋する女子的な感覚と理解してくれれば大成功なのだが。


「ふむ、まあいいでしょう。そういうことにしておいてあげます。彼が魔術師であるという事はすでに情報が入っております。ただ、平民で錬成「1」という事で当魔術院の保護対象とはなりませんでした。学力の方は相当なようですので、もし仮に王国へ残るというのであれば、将来は優秀な学者かあるいは政治家になるかもしれませんね」

ネインリヒはそう返してきた。が、すぐに二の句を継ぐ。

「ただ――」 


「ただ?」


「彼はおそらく王国に残ることはないかもしれません。彼の専攻は考古歴史学です。元来考古学者というのは一つ所に収まりきる人種ではありませんからね。かの有名な考古学者レーゲン・ウォルシュタートもそうでした。どこか一国に所属せず、商家の後援を受けて世界中を旅してまわり、古代文明や古代遺跡などの書物を出版して生業を立てていました。後援している商家はその本の収入で稼いだと言われています。クリストファ―・ダン・ヴェラーニ君の愛読書はそのレーゲン・ウォルシュタートの本の一冊です」


 ネインリヒはそう言うとミリアの前を去り、公務へ戻っていった。


 とても有益な情報だった。さすが、ネインリヒさん、魔術師があの人の目から逃れられるすべはないのかもと空恐ろしくもある。

(キールのことが知られていないのが不思議なくらいだわ――)


 ともあれ、いくつか分かったことがある。

 クリストファーは魔術師として魔術院に認識されている。しかし、錬成「1」の彼は魔術院の専攻からは漏れた。頭脳については折り紙付きだ。そして考古学の権威であるレーゲン・ウォルシュタートを敬愛している様子だ。そのことから、ネインリヒさんは彼が卒業後は諸国を渡り歩いて生きてゆくつもりなのではないかとそう思っているという事なのだろう。


 レーゲン・ウォルシュタート。これが『鍵』となるかもしれない。


 ミリアは彼から「バレリア文字」の情報を得るための突破口のはしつかんだような気がした。


 踵を返すと向かったのは王立書庫だ。キールのような「本の虫」ではないミリアだが、調査対象がはっきりしていればできることはたくさんある。


(まずは、レーゲン・ウォルシュタートを調べるところから始めよう――)



――――――――



(あのミリアも意中のひとを失って傷心という事もあるのでしょうかね。王立書庫で聞いたミリアさんと会っていたという少年の話、あれ以降も全く見かけなくなったと司書たちは言ってましたし、いなくなった人を忘れて新しい恋人候補としてクリストファーに目を付けたというところでしょうか――)


 ネインリヒは今日のミリアとの対話が少々ひっかかっていた。


 昨年起きた繁華街での焼死事件。結局真相は、商売上のトラブルで詰め寄った魔術師の一人が自暴自棄になったうえ主人を巻き込み焼身自殺したのであろうという結論に至った。

 ネインリヒもニデリック院長も少々は残ったのだが、それ以上有益な証拠も発見されなかったため、公式記録にはそのように記載され、王国出版からの公示もそのように発表された。


 しかし、ニデリック院長からは直々に内密で調査を進めるようにと言い含められている。

「いまだ見えていないところに、真相は隠されていると、私は思っている。私たちが出会ったことのない途轍もなく強力な魔術師が隠れているように感じるのだ――。ネインリヒ、これは国家存亡につながる重要案件だ、くれぐれも慎重にな」

 ニデリック院長はそうネインリヒに念を押していた。


(まさかとは思うが、ミリアが何かを知っている? ミリアと一緒にいた少年が姿を見せなくなったのはあの事件のすぐ後だった。あれからすでに半年が経った。国外へ逃れたという事は考えられないか? いや、確証がない以上、貴族令嬢で魔術院の若き天才の芽を摘むわけにはいかない。まだ、慎重に動かなければならない。あの事件は「終わったのだ」と、その魔術師が認識するまでは――)

  

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