第39話 アステリッドの才能


 キールはこのまだ若い才能に可能性を感じたのかもしれない。


 自分と同じく前世の記憶を認知しているこの女学生に希望のようなものを感じたのかもしれない。


 彼女に魔術師ボウンの本のことと自分が実は魔術師であることを打ち明けたのが、なぜかと問われれば、おそらく「わからない」としか答えようがなかった。そしてその理由はついに最後まで分からないままだった。


 ただ、伝えるべきだと思った。


 その「確信」だけは確かだった。




「――なるほど、そんなことがあったんですね。幸い私にはまだ、そんなに強烈な誰かからの干渉はありませんけど、この先もしかしたら出会うことがあるのかもしれませんね、前世の自分に」

アステリッドはやはり、才覚がある。

 とても純粋に素直に、物事の事象を受け入れ、それが至るべき場所へ自然と帰結する。


 これを後にキールは「道理」と呼称した。

「物事は自然とあるべき形であるべき場所に存在する。それが次にどう移るのかもまたおのずと決まることである。これがそうならなかった場合、そこには何かの干渉があり、その結果として本来移るべきところへ移れなかったという結果が生じるのだ」

と、彼は弟子たちに説明した。

 なんとも観念的でわかりづらい表現なのだが、まさしくこれが積み重なって今の世界がこの形をとっているのだから、これ以上は説明ができない。


 そう、その様に物事をとらえることができるのは素直に才覚と言える。


 そして、この子、アステリッド・コルティーレはこの才覚をすでに持っている。


 この世の中には信じられて疑いのない事柄も多く存在しているが、それが「本当にそうなのか」を問われると、事実として、「わからない」事柄も多くある。


 例えばわれわれ人類の起源。

 本当のところは誰にもわからない。

 だが、現在の私たちの世界、殊に、文明社会において、心の底から神が作ったと信じているものはおそらくそれほど多くはないだろう。

 少なからず勉強をしたものであれば、それがおとぎ話で、科学的に根拠がないことを知っているからだ。

 本気でそういう事をいう人を見れば、たいていは「敬虔な信者」か「信用できない詐欺師」のどちらかだと感じるのが普通だ。

 いずれにせよ、少し距離を置きたい相手であると認識するだろう。


 ところが、このアステリッドはキールの話を自然と聞き入れて、その話が作り話でないと帰結し、キールが嘘をついているとか、自分をだまそうとしているとは考えなかった。


 これには理由がある。


 それをする理由がないことをアステリッドは「感覚で知っている」からなのだ。


 例えばキールがアリステッドを洗脳するつもりでいるとは考えられないだろうか?


 ――否。


 洗脳して何かをさせたり意のままにあやつったりしたいと思うほど、二人の関係は深くはない。なぜなら、キールはアステリッドが声をかけるまでアステリッドのことを知らなかったのだ。これまでに何回もニアミスしていることをアステリッドの方は知っている。キールは知らない。つまり、興味がなかったのだ。


 では、どうして初めから、自分にも「前世の記憶」があることを打ち明けず、アステリッドの話を聞いてから打ち明けたのか? アステリッドの話に合わせてアステリッドの興味を引こうとしているのではないのか?


 ――否。


 もしそうならアステリッドが質問をしたときに初めからそう言った方が興味を引くことという意味では効果が高い。それをそこでは答えずに、「実は……」とする方がどちらかと言えば信用度が低いことは明白だ。では、なぜ初めにそう言わなかったのか。簡単な話だ。キールはアステリッドを警戒したのだ。つまり、できれば離れたいと思ったのが本音だろう。


 ではどうしてアステリッドを遠ざけず、呼び止めたのか? その理由は?


 それも簡単な話だ。自分と同じ経験を持つ少女に「そこで初めて」興味を持ったから、であろう。



 そうして、今、キールはアステリッドに打ち明けている。魔術師であること、魔術師ボウンの本のこと、メストリルで起きたこと、謎の声の話、前世の記憶――。


 それはすべてキールの作り話でないと言い切れるのか?


 否……。


 残念だがこれについては確証が持てない。少なくともいくつかは本当のことであるとそう「感じる」が、嘘が一つもないかと問われるとさすがに「わからない」というほかない。




 しかし、アステリッドもまた「確信」していた。


(このひとは嘘をついてはいない。私の話を何かの参考にしたいだけなのだ。彼もまた「求めている」のだろう――真実を)

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