第38話 人の成り立ち、生命の根源


 アステリッドは幼いころから、よく夢を見るという。

 それはいわゆる「普通ではない夢」だ。


 その舞台は、明らかにここではない違う世界で、この世界よりもなんというか『発展』しているようだという。


 人が大勢乗っている長い大きな箱がいくつも連なって勝手に動いていく。

 それよりも少し小さく4人ほどの人を乗せた箱も勝手に動いていて、固い石が敷き詰められたような街道を行列を為して走ってゆく。

 机の上に箱と何やら窓のようなものが置いてあり、自分はその前においてある、ブツブツが整然と並んでいる板を叩いている。すると、目の前の窓に文字やら絵やらが浮かび上がるのだ。

 建物は何十階にもわたる層になっているものが乱立していて、空が狭く、空気も悪い。

 やたらといろいろな奇妙な音が響いていて、とにかく騒々しい。


 ほかにもいろいろ見るのだが、言い出したらきりがないほど多く見るらしい。


 初めのころは、変な夢だな? というぐらいにしか思っていなかったのだが、繰り返し見るあの世界に、夢の中の私は確実に生きている、いや、生きていたように感じるのだという。


 キールは、自身も経験したあの男――ヒルバリオの生々しい夢と声を今でもはっきりと覚えているが、おそらくそれと同じようなことが彼女にも起こっているのかもしれないと、興味をそそられずにはいられなかった。


「もしかしてその夢って、匂いとか、温度とかも感じたりすることはない?」

キールは聞かずにはいられい。やや踏み込んだ質問であることはわかっている。


「あ、はい。そのような感覚も当然あります。普通の夢ではあまりありませんよね?」

アステリッドが素直に答える。


「そう、なんだ――。やっぱり……」

キールは歯切れが悪い。


「どういうことですか?」


「それは間違いなく前世の記憶だろうね。まあ、厳密に言うと、前世なのか前々世なのか、またそれより前なのかはわからないんだけどね」


「前世の記憶?」


「あ、ああ。自分が生まれる前に生きていた別の自分の記憶っていうのか、自分の魂の前の持ち主だった人の記憶というのか――」


 キールの言葉にアステリッドはまったく意味不明な言葉を聞いているようにきょとんとしている。


「ははは、なに言ってるかよくわからないよね?」


「すいません。でも、自分が生まれる前って、まだ生まれてないのに記憶があるんですか?」

アステリッドはやはり全くもって理解できていないようだ。いや、ある意味しっかりと理解できているから理解できないのだ。

(まったく。自分で言っててこんがらがってくるな――)


 

 これについては少し補足説明が必要だろうから、付記させてもらう。


 この世界、今キールたちが生きている世界においては、「人は無なるものから生まれる」と信じられている。

 すこし、性的な話になるが、男女が性交を行って人の命が宿ることは、この世界も私たちの世界も共通のことだ。

 ただ、残念ながら、医学の知識は私たちの世界より若干、いや、かなり遅れていると言っていい。


 おそらくだが、これには「魔法」の存在が大きく起因していると思われる。


 例えば、人が病で体調不良になるとする。

 私たちの世界ではこれはウィルスの仕業であることが一般的であるか、もしくは何らかの臓器の疾患によることが圧倒的であるし、医者もそのように診立てて原因究明をはかり、対処する方法を探すことになる。

 

 しかし、この世界はスタートから違うのだ。

 体調不良の原因は原則的には「しゅ」によるものだとされている。いわゆる「のろい」というものだ。

 体力の低下は「病気」ではなく「消耗」といい、老いによる死は「寿命」ではなく「天命」と表現される。そして、魔法や薬草ハーブ回復薬ポーションによって治療できないものは「高度な呪」もしくは「天命」と割り切られている。


 そのような世界なので、人の命が宿るのもまた「天命」なのだ。

 そうして、何もなかったところ母親の体内に命の種が贈られ、生命の芽が芽吹き、やがて果実――赤子あかごとなって生まれ出ると信じられている。

 

 閑話休題――。


 

 キールは知っていた。それは誤りであると。


 随分と前にたまたま出会った書物に、『人の成り立ちと生物の根源』という書物があった。実はこの書、「異端者」と呼ばれたロバート・エルダー・ボウンの書である。


 ボウンのこちらの一面は、実はあまり評価されていない為、人々からは忘れ去られている。というより、魔術師ボウンのほうが燦然と輝いていて、もう一人の彼は影に追いやられているのだ。


 もう一人の彼、「異端者ボウン」はその書でこう述べていた。


 人は無なるところに種を与えられるものではなく、そもそも男女の中に種は存在している。これが交わり、『魂魄』が付与されるとそこに生命が宿る。『魂魄』は常にあらゆるところに存在し、また、一つのところにしか存在しない。『魂魄』は永遠に回り続けそこに「記録」された「魂魄記憶」が今生きている命の支柱となっているのである。


(つまり、今の自分が生まれる前はこの『魂魄』は誰か別の人のもので、その前の人もその前の人から引き継いでいる。だから前世の記憶というものが存在するのだ――と彼は言っていた)


 しかしその書は今は持ち合わせていない。それはメストリルの王立書庫の蔵書の中に在ったのだ。




「アステリッド、君は魔術師ボウンを知っているかい――?」



 キールはこの純粋で素直な女学生に、知っていることを話してみようと思った。

 なぜそう思ったのか? これについてはその後どれだけ時間が経とうと結局謎のままだった。

 

 随分と時間が経ってから、キールはアステリッドからこの時のことを質問されたことがあった。

「どうして、導師はあの時、私にその話をされたのですか」

と。


 キールはこう答えたという。

「理由は、はっきりとは今でもわからない。ただ、一つ確かなのは、そうすべきだという確信があったという事だけだ」



 アステリッドはそれ以降この質問をすることはなかったという。 

 


 

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