第33話 そりゃそうだ


「っと、いう事で、紹介します。こちらミリア・ハインツフェルト嬢、です――」

キールは仕事が終わった後すぐに、ミリアを伴って下宿宿に戻った。


 キールが一人の女の子を連れて戻ってきたため、メイリンさんはきょとんとしている。

「え、っと、もしかして朝言ってた、そんなにいいもん……」

「わああ! ああ! ああ! メ、メイリンさん? 何を言おうとしたんですか!?」

「あ、ああ、ごめんなさい。あ、じゃあ、お茶、お茶にしましょう! ね!」

「あ、あはは、そうですね。メイリンさんのお茶美味しいんだよ? ミリア――」


「――なに? なんかいま言葉をさえぎったわよね?」

「まあ、あまり気にするなよ、大したことじゃないから――」


 うぐ。気まずい。


 

 しかし、はいったい何を意味してるのだろう? まさか、そういうこと? なのかな――。よくわからない。


 ミリアはあのあと少し落ち着くまで待って、終業時間を聞くとまたその頃に来るから待ってなさいといって街へ向かっていった。

 その後予告通りに戻ってくると、今度は今はどこに住んでいるのか案内しろと言う。

 それでここまで連れてきた、というわけだ。


「――で? ミリアさんはどういう方なのかな?」

「あ、はは、実は――」

「キールと私は、並々ならぬ関係です――」

「なみなみならぬ?」

メイリンさんが言葉の意味がよく呑み込めず聞き返す。


「え?」

(ミリア、何を言うつもり?)

キールは気が気でない。


「はい、いわゆる人には言えない秘密を共有する間柄です。これ以上聞くのは、無粋というものではありませんか?」

ミリアがやや強い口調で、メイリンさんに言い放つ。


「ほお。なるほど。なかなかに骨のありそうなお嬢さんだわね。この私に敵対心を見せるなんて、久しぶりに胸が熱くなるわね?」

メイリンも応じる。


(何を言ってるんだ、ミリア? そういう言い方すると、喧嘩になるだろう? メイリンさんもなんで対抗心燃やすの? 落ち着きましょうよ?)


「――って、心配しなくていいわよ、ミリアさん。キール君にそんな感情は持ってないわ。私にはちゃんといいヒトがいるんだからね」

メイリンさんが表情をふわりと緩めて言う。


(ああ、やっぱり、いるんだ、いいヒト――)

とキールは何気なく思った。


「それで? キール君、ちゃんと説明してくれるんでしょう?」

メイリンさんがこちらに鋭い視線を送る。正直、ちょっと怖いんですけど。


「えっと、実は、ちょっといろいろとありましてですね。素性を偽っておりました! ごめんなさい!」

キールはテーブルに頭をこすりつけるように頭を下げた。


「だろうね? 来た時からちょっと変わった子だなとは思ってたけどね。さあ、全部話しなさい!」

メイリンがとどめを刺した。



――というわけで、キールはこれまでのことを洗いざらい話した。ミリアが初めて聞くこともすべてだ。


 キール・ヴァイス。

 父はヒュリアスティ・レリアル、母はレオローラ・ジョリアン、という。


「「え?」」


 二人は顔を見合わせて、目を丸くした。そりゃあそうだろう。この二人、実は超有名人だ。


「ちょ、あなたあの『稀代の天才画家』ヒュリアスティ・レリアルの息子?」

「どうしてあんたが、『演劇界の女王』レオローラ・ジョリアンの息子ってことになるのよ?」 


(そうだろう、そうだろう、信じるわけないんだよ、だから隠してたんだから――)

「だ、か、ら、言わなかったの。こんなこと言ったって誰も信じないんだから。言ってもしょうがないでしょ?」


「ほんとうなの?」

「ほんとなんだ、ね――」


 二人の反応がやや変化を見せた。


「ああ、本当さ。父は天才画家、母は女優。しかも超有名人ときてる。その上、二人は経歴上、未婚になっているからね。こんなこと誰も信じない。さらに周到なことに名前まで違うときてる。ちなみに父の本名はマイク・ヴァイス、母はカーラ・ヴァイスだよ。二人とも、さすがにこのありきたりな名前では売れないと言って、芸名を使ってるんだよ」

キールはこれだけの衝撃を与えれば、後の話の衝撃の方が小さいだろうと踏んでいた。


 そこからこれまでの事を話し始める。


 自分は、メストリル王国王立大学の学生で法科専攻であること、ミリアとは大学で知り合ったこと、大学の王立書庫で、奇妙な本を見つけたこと、その後、魔術師の才能が開花したこと、前々世の記憶のせいで命を狙われたこと、その主犯の男と暗殺者が死んだこと、魔術師という事がバレて、その被害者と自分の関連性に気付かれると、ミリアに危険が及ぶかもと考えたこと、そのためミリアに行くさきを告げず、ここへやってきたこと――。


「…………」

「――――」


 二人は押し黙ってしまった。


(そりゃそうだ、殺人犯にあたるかもしれない男と関係を持ってしまったのだ。この先どんな災厄が訪れるかもわからないのだから――やはり話すべきではなかったか……)

キールは少し後悔していた。これでまたここにもいられなくなるかもしれない。



「「どうして、初めからそう言わなかったのよ、あんた(きみ)は!!」」


二人が同時に叫ぶ。完全にハモった――。


へ?


「初めからそう言えば、何も難しいことじゃないじゃないか、馬鹿だね君は――」

メイリンさんがそっと笑う。

「話してくれてれば、私にもできることがあったかもしれないじゃない――」

ミリアも、まっ直ぐに見つめてくる。


 ああ、この人たちは、僕の味方なんだ――。

 キールは、はじめて気が休まった気がした。

 気づくと頬が少し濡れていた。  




 

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