第29話 同宿の仲間に魔術師は
食堂へ入ると、男女の2人がこちらを向いて待ち構えていた。
「じゃあ、新しい下宿仲間を紹介するわね。キール・ヴァイス君です――」
「あ、キール・ヴァイスです。よろしくお願いします」
「お? 若いね。学生さんかい? 俺はデジムート・バウマイスタ。デジムでいいぜ」
「よろしく、キール君。わたしはジョセフィーヌ・カインラッド。セフィってよばれてるわ」
「デジムは、工科の4年生。セフィは法科の3年生よ。二人ともカインズベルク大学校の学生ね。キール君は、事情があって今年は浪人生なんだって、仲良くしてあげてね」
メイリンさんの性格なのだろうから致し方ない。本人の許可もなく素性を話してしまった。
それでいて嫌な気分にならないのは、この人の人柄によるものだろう。
「ほうほう、じゃあ、来年は大学を受けるつもりなのね? どっちの大学かな?」
セフィがさらりと聞いた。
「えっと、まだ決めてないです――」
(どっちって言われても両方知らないし、法科だと、メストリルの大学でも自分の専攻だけど、あまり言いすぎるとぼろが出ても困るからな――)
「まあなぁ、カインズベルクかヘラルドカッツか迷うところだよなぁ――。どっちもいい学校だしな」
(ナイスアシスト、デジム! 学校の名前がわかったよ――)
「ですね。ゆっくりと考えることにします」
「あ、キール君。ご飯はもう食べた? 何か作ろうか?」
メイリンさんがこれまた絶妙なタイミングで話題を変えてくれる。
「あ、いえ。さっき聞いたネール横丁で済ましてきました。あ、僕は部屋の片づけをしないといけないんで、今日のところはすいません。これからよろしくお願いします」
そう言ってキールは頭を下げて再度挨拶をしておく。
「来たばっかだからな、またな、キール」
「そうね、またお話ししましょうね、キールくん」
二人も挨拶を返し、手を振った。
キールはそのままその場を辞して、2階の自室へ戻った。
――――――――
(ふぅ――)
キールは椅子に腰かけると、長い息を吐いた。
幸いなことに、この下宿宿の住人の中に魔術師はいなかった。
さっき食堂で挨拶をしたときに、魔法感知を発動したのだが、3人からは魔法の痕跡は見られなかったからだ。
メイリンさんが違うことは昼に確認済みだったが、もし、二人のうちどちらかでも魔術師だったなら、何らかの手を打たないといけなかったため、そうならなくてほっとしている。
キールは背負っていた麻袋を下ろして、そこから書物を取り出す。
『真魔術式総覧』――。
机の上にそれを置き、表紙を撫でる。
(ミリアの温もりが残っているような気がする――。ってそんなわけないだろう。少し感傷的になっているな――)
正直、ミリアとの放課後の自主勉の時間はとても楽しかった。二人とも必死に真剣にこの『総覧』の古代文字の解読に向き合った。しかしその解読作業はなかなか進展しなかった。それでも、そこはあまり気にならなかった。ただ、いつか来る別れの時が少しでも先になればいいと思っていた。
キールは『総覧』に頬を当て、机に
(ミリア、元気でやってるかな――)
そんなことを考えているうちに、キールは深い闇へと沈んでいった。
――――ル。
――――キール・ヴァイス。
(誰かが僕を呼んでいる――)
――キール・ヴァイス。そなたは魔術を極めんと志すか?
(誰? 魔術を極める? そりゃあできる限り、アイツに近づきたいと思ってるさ――。アイツは貴族で、優秀な魔術師で、将来は国家魔術院の幹部候補だ。僕のような平民がアイツに追い付けるとすれば、それはこの魔術の素質しかない。これを極めて、実力で認めさせるしかないんだ――)
――本気で魔術を極めんとするなら、わしに会いに来い。お前は面白い。わしはお前が気に入っている。出来れば、手を貸してやりたいと思っておる。
(あなたは誰なんですか? どうして僕を――)
知っているんだ?
と、そこでキールは目が覚めた。
机の上の『総覧』に頭をのせて眠ってしまっていたようだ。部屋に備え付けの小型暖炉も焚かずに眠ってしまったせいで、体が芯まで冷えている。
「さむっ……」
キールは慌てて、ベッドの上の毛布を手繰り寄せ体に巻き付けた。
夢、か。
しかし妙に生々しい音声だった。声の主はおじいさん? かな。
会いに来いとか言ってたような、そんな気がするけど、だいたいどこにいるんだよ? 場所も何も言わなかったよな?
ぐっ、気になる――。
いやいやいや、夢だ、夢を真剣に考えたって仕方ない。
――いや、まてよ? あの感じ。妙に生々しい感じ。あれって、あの男の夢、前世の記憶と同じ感じだった。
まさか――ね?
あの男はあれ以来夢にも出てこないし、声も聞こえない。何か気配めいたものを感じることもない。完全に消えてしまった。
じゃあ、何?
まだ、何かあるのか?
キールは背中がぞくっとするのを感じて身震いした。
(さむっ。とりあえずは今日はもう休もう。疲れかもしれないしな。明日は仕事を探さないとだし――。やっぱ……)
「寝よう!」
そう心に決めて、ベッドに横になった。
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