第30話 それぞれの道
ネインリヒ・ヒューランは、いつものごとく、王国施設の巡回をしていた。国家魔術院、国家評議員議院、王国人民管理所、王立大学、そして王立書庫。
ニデリック院長が休暇の日は、秘書官としての役目も少なくなるため、各部署をまわって情報収集をするのがこの男の習慣となっている。とは言っても、職員一人一人に時間を取って面接したりするわけではない。そんなことをする時間まではないし、もし仮に各部課長などに聞いたところで、「生」の情報とはそれほど入らないものだ。
それよりもだ。
窓口職員や、休憩中の職員などに適当に軽めに声をかけて何気ない会話を振る。その方が数十倍も有益な情報が得られるというものだ。
その中で、少々気になる情報が手に入った。王立書庫の職員の話だ。
その女性職員によると、ここ一週間ほどの間、これまでほぼ毎日来ていた仲の良かったカップルが全く来なくなったというものだった。
記録を調べると、あの事件の日の翌日を最後に男の方が来なくなっている。女の方はその次の日も来たが、男がいないことを知ると慌てた様子で駆けだしていったという。
その風貌を聞くと、二人とも王立大学生らしく、女性の方はおそらく、ミリア様ではないかという。記録では、メリー・ヘンダートとあるが、それはおそらく偽名だろうというのだ。
男の方の名前は、キーラン・ヴァイシュガルド。
そうなると、これもおそらく偽名だろうか。
どうしてミリア様だと思ったのかという問いには、職員の一人がいつぞや王立高校学生祭の折、彼女が楽隊の一員として演奏しているのを見たことがあり、その容姿に見惚れて、そばで見ていた学生に尋ねると、それがあの高名な、ミリア・ハインツフェルト様と知ったから覚えていたというのだ。
その彼女が、ここに来るようになったが、偽名を使われているようだったので、今までそっとしておいたという事だった。なので、直接
いつの時代も、貴族と平民の恋というのは道々ならぬものなのだろう。
しかし、これについてミリア様に直接お聞きするわけにもいくまい。さすがにそれは無粋というものだ。ネインリヒと言えどもそのぐらいの礼節はわきまえている。
(さて、この件、院長に報告するべきかどうか――。いや、さすがにこの程度の不確かな情報ではかえって混乱を招くというもの。もうしばらく控えておこうか。ミリア様に嫌疑がかかるのは、あまり良い状況とは言えないしな)
ネインリヒはそのように考えていた。
――――――――
ミリアはキールが行きそうなところを思案してみた。
しかし、今になって改めて思い知るのだが、ミリアがキールについて知っていることはほとんど皆無だった。
生まれも故郷もよく考えてみれば聞いたことがない。てっきり、王国のどこかの田舎町の平民だと思っていたし、キールもそれについては否定しなかった。
ヴァイスという姓はミリアの知る限り、王国の貴族には見当たらないはずだ。
やはり、足取りは全くつかめない。
その後、街を出るなら駅馬車を使うはずだと思い、各駅馬車に尋ねまわって、ようやく一つの手がかりにたどり着いた。
ケライヒシュール王都ケライヒライクで学生風の男を下ろしたという情報を聞くことができたのだ。
とりあえず、容姿や風貌からキールであると確信を持ったミリアは、これをたどるしかないと考えた。しかし、まさかこのまま国外にほいほいと出て行くわけにはいかない。彼女は貴族の令嬢なのだ。
(なにか、良い案はないの――? 考えるのよ、ミリア)
そうして、ケライヒシュールの先、ヘラルドカッツに世界最大の図書館があるということを思いだした。
カインズベルク大図書館――。
そうだ、これを
(もうすぐ期末休暇がくるわ。その時に見聞を広めるという名目で、カインズベルク大図書館へ旅行するとしましょう。お父様なら、ヘラルドカッツに懇意にしている商人か貴族がおいでになる筈だわ。道中、ケライヒライクによって聞き込みをするのよ)
ミリアは意を決した。
――――――――
キールは、ヘラルドカッツ生活の二日目の朝を迎えた。
朝食は、下宿宿の規定で、毎朝メイリンさんが用意してくれることになっている。
つまり、朝御飯は基本的に、みんなで食べるということになる。
今日も平日なので、デジムとセフィの二人は大学に行くだろう。
キールはいつまでもまごまごとしている場合ではないので、仕事を探しに出ようと思っていた。
朝御飯をいただくとすぐ、二人は飛び出していった。カインズベルク大学までは少し距離があるらしく、時間的にギリギリになるかもしれないとか言っていた。
「で? キール君は今日はどうするの?」
メイリンさんがやはり無遠慮に聞いてくる。
「僕は、お仕事を探そうと思っています。なにかいい方法はありますかね?」
「お仕事ね。それなら王国労働局を訪ねてみれば? もしくは冒険者ギルドでもいいけど、冒険者って感じじゃないわよね――?」
「ぼうけんしゃ?」
キールは聞きなれない言葉に少し戸惑う。
「ええ、冒険者。腕に覚えのある猛者の集団てとこかしら。街道周辺の魔物駆除や、要人警護が主要な仕事なんだけど、ごくたまにダンジョン探索や脅威になる魔物の退治などもやる、いわゆる傭兵集団ね。まあ浪人生のキール君にはちょっと縁遠いところかな――」
(へえ――、冒険者か――)
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