メストリル王立大学編

第1話 どうぞお一つお選びください(改訂済)



 今更何を言ったところで結局は後の祭りだ。

 まさかまさかそんなことで人生の幕を閉じるなんて、誰が予想しただろうか。


 しかし人間というのはいざという時には後先を考えて行動しないものなのだとあらためて思い知った。良心、と言えば聞こえはいいが、そんなことすら考えていなかった。


 「危ない!」って思った時には、手を伸ばしていた。そうしたらうまく掴むことが出来て、その人が落ちるのを止めることが出来た。まさしく間一髪、列車が入って来たのはそのすぐ直後だったから、もしつかめていなかったらと思うと心臓がバクバクしたが、それはことが終わった後のことだ。その瞬間は何も考えていなかったように思う。


 結局私はヒーローになった。

 まあ、その時限りで、名前を覚えられるほどのものではないが、それでも周囲の人たちから拍手や喝采を受けるのは振り返ってみても今までに経験がなかったから、人生最後の直前にそんな経験をしただけでも良しとするべきなのだろう。


 

 時間は容赦なく進んでゆく。

 それは私の人生の最後の時が訪れるのをまるで意に介さないように流れる。


 警察官や駅員さんに事情を話しているときのことだった。そのおばあさんはどうやら私の後ろを通っていたようだ。それで私がちょっと、ほんのちょっと後ろに下がったときのことだ。

 おもわずそのおばあさんにぶつかって、あ、危ないと思った瞬間、そのおばあさんはさっきまでとは全く違う異次元のスピードで身をかわし、私は反動でそのまま線路に落下した。


 あ、大丈夫。電車は行ってしまった直後だったため、電車に轢かれてどうのこうのということにはならず、見た目的には周囲の人にそれほど衝撃を与えることはなかった。

 そういうところは私、意外とほうだったのだと思うのだ。


 だけど、良いことがある分悪いこともあるものだ。

 私の場合、打ち所が最悪だった。まともに後ろから倒れて落下したものだから、全く受け身すら取れずに後頭部をしっかりと線路に打ち付けてしまった――。



 ――というわけで、お約束の白い部屋直行ということになったのだった。


 で、いままさに目の前に白髭のおじいさんがいるわけだ。


 そのおじいさんが言うには、自分は神様で、死んだ後の人をまた別の世界にいざなう役目らしい。

 なんかものすごく既視感満載な展開なのだが、まだ私の意識は存在している。こののち私の意識がどうなるのかはわからないが、今はこのシステムを利用するほかないだろう。



「――で? なにがいいんじゃ? はよきめろ、次がつっかえとるんじゃ」


 そのじいさんが言うには、


(人の魂は生まれ変わるたびに必ず一つ特性を選ぶんじゃ。じゃから次は何にするかを選べというておる)


 という事らしい。


「それって、死んだらみんなそうなのですか?」

と私はそのじいさんに聞いてみた。


「すべての者がそうなるわけではないが、おまえの生まれ変わりはこれが2度目じゃからな。一つだけ前に持って生まれ変わっておる。その特性は、“膨大な魔法の素質”じゃ」

 

 私は耳を疑った。そんなものを使えていたらこんなとこには来なかっただろう。さすがに少し怒りがわいてくる。


「は!? 魔法の素質ってなんですかそれ、なにも魔法とか使えなかったんですけど!?」

と、少々語気を強く詰め寄ってみる。


 しかし、じいさんはそんな私の怒りと剣幕に動じるどころか、

「あたりまえじゃ、さっきまでお前がいた世界に魔法は存在しないんじゃからな」

と、さも当然のことのようにさらりと受け流した。


「なんだよそれ! 詐欺じゃねーかよ! 使えない素質もって生まれたってどういうことだよ?」

「そんなもの知るかぁ! お前が選んだんじゃろうが! わしの知るところではないわ! はよせい! 次が待っとるといっとろうが!」

さらに怒りをぶつけてみるが、これが年の功というものか、そのじいさんは全く意に介さず逆にキレ気味に言い返してくる始末だ。


 とはいっても、こんなところにいつまでいても私が元の世界に戻れるという選択肢はないようだ。

 結局はこのじいさんに従うほかない。


「わ、わかったよ……。選びますよ――。えーと、御品書き? なんだこれ、こんなメニューみたいなやつから選ぶのかよ? テキトーだなおい――」


「文句ばっかいっとらんではよ選ばんか! 魂ごと消し飛ばしてくれるぞ!」


「はいはい、ちょっと待ってよ? “女好き”、“男好き”、“幼児好き”……。なんだよこれ、まともなのないのかよ? えっと、“色男”、“女たらし”……。いや――。ひどくないこの『御品書き』。“本の虫”、“夢想家”、“エセ芸術家”――。もう嫌になってきたな――。“勉強家”。ん? これで終わりかよ!?」


「何でも好きに選べるわけないじゃろうが! そんな奴ばっかりだったら、世界は崩壊するわ!」


「もうよくわからねえから、“本の虫”でいいわ。勉強家もいいけど、なんかインテリっぽい奴になってヤな奴になっちまうのは嫌だから、そこは少し手前の“本の虫”でいいです」


「やっと決めよったか。んじゃさっそく、生まれ変わってこい。そこじゃ、そこからぴょんでOKじゃ。はよいけ」


「え、ここ? この真っ黒い渦みたいなとこ? 大丈夫なのかよ?」


「ええいうるさい! もうめんどくさい奴じゃから、こうじゃ!」


 そういうなりじいさんは僕に向かってフライングニールキックを見舞った。

 さっきのばあさんも、このじいさんも、なんでそんなに異次元な動きができるんだよ? って考えてる間もなく、渦の中に落っこちた私は徐々に意識が遠のいてゆき、ついには意識を失った。




*********



 クルシュ歴365年春――。

 僕はメストリル王国王都メストリーデにいた。



 僕は本が大好きだ。


 母親の話だと、言葉を話しだしたころにはもうすでに本を抱えて離さなかったらしい。

 当然文字など読めないのだが、それでも幼児向けのおもちゃなどには目もくれず、本さえ持たせておけば、すやすやと寝息を立てて寝ていたらしい。


 子供の頃の思い出と言えば、王立図書館の村支部に入り浸ってはひたすら本を借りては読んでいたぐらいしかない。

 でもね、何をそんなに読んでいたのか、はっきり言ってあまり覚えてないんだよね。

 探偵ものや、魔獣もの、魔法使いの物語や英雄ものなど、とにかくそんなものばかり読んでいたと思うんだけど、じつはあまり記憶にない。


 でも、本が好きなのは本当なんだ。読むのも遅いし、覚えてもいないんだけど、本を読むのが好きだとははっきり言える。

 とくに、空想ものは大好物だ。

 ファンタジーと聞くと、心が躍って、わくわくの絶頂になる。

 

 そんな僕は今年、17歳になった。

 この国では、17歳になるとその春から王立大学へ入学ができる。そこから4年間は大学で勉強をして、卒業後は就職することになる。


 当然、ただで入学できるわけじゃない。入学試験というものがある。

 しかしながら、大学に入学するやつってのは、学者や賢者志望のものばかりで、じつはたいして競争率が高くない。

 大抵の若者たちは、やれ冒険者だ、やれ鍛冶屋だ、大工だ、海賊だなどと、手に職をつけるほうを選ぶ傾向が強いからだ。それで一攫千金を目指して、現国王リヒャエル・バーンズのような英雄になるんだ、という妄想に取りつかれている奴がこの世界の若者の常識的な独り立ちというやつだ。

 

 僕の村の同年代のやつらもそんなのばかりだったが、結局それはどこに行っても同じだった。


 王立大学に入って王都メストリーデに住むようになったが、ここにも結局同じような奴がいる。


 あいつも、そうだった――。

 ルイ・ジェノワーズ。


 いけ好かない、いわゆる親の力を自分の力と勘違いしている「成金商人のおぼっちゃん」だった。





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