第2話 片鱗あらわる(改訂済)

 

 そんなある日のことだ。

 僕は大学が終わって自宅へ帰っているところだった。

  

 郊外の下宿へと帰る途中、商店街を通りがかった時、ルイを見つけた。隣にはなんだか偉そうにやたら派手な服装の中年の男がいて、

「おまえ! 俺の息子が盗んだっていうのか! 証拠はあるんだろうな?」

と怒鳴っているのが聞こえた。

 

(ああ、また何かやらかしたんだな――)


 そう思った僕は、二人に気付かない風を装って通り過ぎようとした。

 単純にかかわると面倒だと思ったからだ。


 なのに、ルイは僕を見かけると、タタタといつもみたいに走り寄ってきて絡んできた。


 ルイは、父親が店の店主に怒鳴り散らしているのを横目に僕の方へ近づいてきて、

「よお、キール。学校の帰りかよ? 俺今から暇なんだ、ちょっと付き合えよ?」

と言って、馴れ馴れしく肩に手を回してくる。


「やあ、ルイ。残念だけど、僕は早く帰らなくちゃならないんだ。君とは付き合えないよ」

「――んだと? 俺の言うことが聞けないっていうのか?」


「そんな意味で言ったんじゃない。それにそもそも君のいう事を聞く理由がない」

「おまえ、俺に逆らうっていうのか?」


「だから、そういうのが違うって言ってるんだよ。君が本当に僕と一緒にどこかへ行きたいんなら、そう言って頼むのが筋ってものだよ」

「この野郎、俺が今一人だと思ってめてやがるな?」


「一人だろうが数人だろうが、そんなことは関係ないよ。僕はそんな君と付き合いたくはないって言ってるんだ。――放してくれ」

「なめるな!」


 そう言った途端、ルイは肩に回した腕を力いっぱい振り回した。

 そうして僕の体は地面に転がされる、筈だった。少なくとも彼の頭の中では――。


 だけど、そうならなかった。


 何が起きたのか、一瞬のことでたぶん本人も気づいていないと思うが、彼の肩から先と彼の体は二つに分かれて、彼の体だけが勢い余ってぐるんと回転し、地面に転がった。

 彼の肩から先は、僕の肩にかかったままだ。


 ルイは僕の肩に掛かっているままの腕を見て、次いで、自分の右腕の方を見やる。おそらく、これがそれだと気づくまでに数瞬かかったろうか。


「ひ、ひぃぃいい! お、俺の腕がぁああ――!」


「ルイ、そんなに大声をあげるなよ。別に痛くもなんともないはずだよ?」

「お、おまえ、何をしたァ!?」


「何をしたかって? それは君が一番よく知ってるじゃないか? 今僕を投げようと腕を振るつもりだったんだろう?」

「クッ……。だから、その俺が何で転がって、お、俺の腕がお前の、お前の肩にかかったままなんだっていってんだよぉぉ!」


「ああ、これかい?」

そう言って僕はその肩にかかっているルイの腕を引きはがして、地面に投げ捨てると、思いっきり踏みつぶしてやった。


「あ、ああ……、や、やめてくれ、おれのおれのうでがぁあ!」

ルイは自分の腕が地面に転がされ踏みつけられる様子を見てパニック状態に陥っている。


「うるさい男だね。だからなんともないだろうって言ってるだろう?」

と僕はルイを見下ろして笑う。



「どうした? 何があった?」


 そう言って異変に気付いたルイの父親が駆け寄ってきた。


「と、とうさん! こいつがおれの腕を、俺の腕を踏んづけてやがるんだぁ――!」

そう言ってルイは自分の押さえている。


「な? 何をお前は言ってるんだ? 意味が解らんぞ? あいつがお前の腕を踏んでるって言うんなら、ここについてるのはいったい? しっかりしろ!? 気でも狂ったのか、お前は!」

と怒鳴りながら、ルイの父親はルイの顔を平手打ちし、正気付けようとしている。



 数発平手を食らったルイがようやく落ち着きを取り戻す。


「――あ、ああ、あれ? 俺の腕、ある、じゃないか? あれ?」


 ルイはきょとんとしている。



「じゃあね、ルイ。君の右腕だけど、“今度はちゃんとくっつけておくんだよ?” いいね?」

そう言って僕はその場を立ち去ろうとした。しかしその行方にルイの父親が立ちはだかる。


「おまえ、ちょっと待て! ウチの息子にいったい何をした?」

そう言うとルイの父親が僕を睨みつけてくる。


 ――その時だった。


 僕の頭が急激に割れるように痛み出し、耳鳴りがキ――ンと響いた。

 僕はたまらず、頭を片手で押さえて顔をひきつらせたが、一瞬でその痛みは去った。


(今のはいったい何だったんだ――?)


 と、思ったが、その一瞬だけで痛みはすでにおさまっている。


 ルイの父親は、僕の顔を見るなり、一瞬眉をひそめたが、

「い、いや、なんでもない。――もう行っていいぞ。さっさと俺の前から消えてくれ」

そう言って顔を背け、ルイの方へと去って行った。


 僕にはルイの父親がどうしてそのように態度を急変させたのか、この時は全くわからなかった。

 しかし、ルイの父、エドワーズは、そうではなかったようだ。



 この時、エドワーズは妙な感覚を覚えていた。


(この顔どこかで……)


 いや、こんな、俺が見るのは初めてのはずだ、気のせいか……? しかしやはり何か気味がよくない――。

 

 僕は、ルイの父親がそう思っていたのだと、ずいぶんとあとに知ることになる。




******




 さっきの偏頭痛アレは何だったんだ?


 ルイの父親の顔を見たとき一瞬頭が割れるように痛みが走った。しかしそのあとは特に何もおかしなことは起きていない。すでに痛みも全く感じない。

 奇妙だとは思うが、原因の突き止めようもないのだから、考えても仕方ないだろう。

 僕はそのことはあまり気にしないことにする。偏頭痛へんずつうならこれまでにも経験があるから、おそらく偶然にタイミングがかぶっただけだろうと片付けた。


 ――それにしてもあれほどうまくいくとは思いもしなかった。


 ルイのあの慌てようと言ったら、思わず腹を抱えて笑い出すのを必死にこらえたよ。しかし、この力は多用は無用だ。

 場合によっては、自分だけではなく、家族にも危険が及ぶ可能性がある。


 今はまだ、おとなしくしていなければならない。

 力を発揮するのはすべてがそろってからでも遅くはないのだ――。





******

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