そんな生活が一月ひとつきくらい続き、

「辛いのはわかるけど、もう飲まない方がいいって」

 学内のミルクホールで、顰め面の唯妃と向き合っている。こころなしか、彼女の輪郭もぐらついている気がした。

「そう……言われてもさ」

 怖いんだ。その言葉を飲みこむ。ちんけなプライドだった。

「先輩たちも可愛がってくれるし、せっかくの好意を無碍にするわけにも……」

「その先輩たちも心配してるんだけどなあ。この間も、あいつ大丈夫か? って言ってたし」

 逃げ道を即座に塞がれる。

 ……頭が痛い。

「ねえ、もう一回警察に行ってみない? それか病院に行ってみてもいいし。とにかくとにかく、酒の飲み過ぎは体にも心にも良くないし」

 気遣う声。けれど、少しカチンと来る。

「そもそも君、そんなにお酒強くないじゃん。こんな生活を続けたら本当に壊れちゃうよ」

 心配されているというのはわかっているし、どれもこれも正論だ。けど、そんなのは俺だってわかってんだよ。

「だからね。一回お酒飲むの止めてのんびりしよう。大丈夫。私がついてるから」

「……っさい」

「えっ?」

「うっさいって言ってんだよ!」

 ポカンとした唯妃の顔。なにもわかってなさそうなのが余計癇に障った。

「俺の気持ち、わかるか? わかんないよな? だから、そんな簡単に酒飲むの止めろとか言えるんだよな」

「それは、わかるとは言い切れないけど……」

 途端に歯切れが悪くなる。ほら、やっぱり。

「俺の気持ちがわかんないから、わかった振りして気持ち良くなってるだけだろ」

「そんなんじゃ……」

「じゃなきゃ、そんな簡単に飲むのを止めろなんて言えやしない。俺がどれだけ苦しんで、飲まざるを得ないか、わかってないんだろ。なぁ!」

「ご、ごめん。だけど、私は君が」

「そんな風にわかった振りされても、鬱陶しいだけなんだよ!」

 言ってやった。心が少しだけすっとする。

 不意に女の頬をツーッとつたうひとしずく。頭がスーッと冷える。両目を押さえた唯妃が立ち上がるや否や、走りだした。

 待ってくれ、と呼び止めようとしたが、今更どの口が言うんだ、と我に帰る。

 ただの八つ当たりだ。すぐさま自覚したものの、時は戻せない。電話やメール、ラインを送る気力も湧いてこない。

 周囲からは、ミルクホールにいた学生や講師、そして背後からの視線。……自然と溜め息が漏れた。

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