第6話 心軽く
私は出てきた音を心の中で何度も転がしていた。
繋げようとして、上の空になることも増えたけれど、私の中で音楽がこれまで以上の存在になった。
ホルンの調子もいい。
でも、教室や練習場所に行くとシャボン玉の弾ける音に気がいってしまう。
どうしてそんなに私を狂わせるの?
彼に届くはずのない、ううん、勝手に彼のせいにした問題をなんとなく問いかけてみる。
私の中ではじまったこの想いに、横溝くんは一切気づいてないだろう。
そう思うとむしゃくしゃした。
伝えたいという気持ちがあっても、上手く伝えられる気がしない私自身にむしゃくしゃしたのだ。
そんな邪魔な感情に影響されずに練習ができる水曜日の放課後。
私はひたすら、ホルンの中に息を吹き込んでいた。
毎週水曜日は陸上部は休みみたいで、横溝くんに気を取られることもない。
だから楽譜通りの音をなぞってなぞってなぞり続けた。
まっすぐ飛ぶようなそんな音が鳴る。
気持ちが軽い分、余計な力が抜けているのだろう。普段の数倍、タンギングの出来具合に満足していた。
横溝くんと出会う前でもこんな軽い音、出せなかったのにな。
音楽と向き合えるようになったのは、彼と部長の2人のおかげだけど、私はそれにつっかかりを憶えていた。
部長のあれは結局……。
そんなことを考えていると、階段を歩く音が聞こえた。私は一体誰なのか疑問に思い、視線を送る。
「練習中ごめんね」
さらっと風に流れるロングヘア。それを抑えるように手を添えているのは音楽に愛されている部長だった。
「少し話せるかな?」
「うん」
一体なにを言われるんだろう。
胸の中で不安を抱えながら私は楽器を置いて、部長が座った階段の隣に座り込む。
「元気そうでよかったわ」
「え?」
「ここ最近のあなたの音は閉塞感があった気がしたの」
彼女の的確な言葉に私は黙り込んだ。
そんなの1番わかってるよ。
今日の音がよく感じるのは最近よくなかったってことだから──。
「でも、あなたの音はいつ聞いても綺麗よね」
瞳を閉じて彼女はそう言った。そしてこう続けた。
「柔らかくてとっても安心する音」
部長がそんなこと思ってたなんて……。
私の胸の奥が熱をまとって、全身を包むのがわかる。
それはまるで彼女の言葉にだきしめられるようだった。
「でもね、それを守る必要もないと思うの」
どういうこと……?
私は彼女の言葉の意味が分からず頭にはてなを浮かべて次の言葉を待つ。
「つまりね、音が変わるなら変わっていいってこと。何かあったんでしょう? それに伴って音が変化することは当然だと思うのよ」
「それって──」
「好きに音を出して。思うままに」
そう言って部長は立ち上がった。そして私の前にしゃがみこむ。
「今日はこのお願いをしに来たの。あなたのソロ、自由に弾いて。楽譜なんて関係なしに」
最後に「ね」と加えて彼女は微笑んだ。彼女の言葉に、しぐさに、笑顔に、私の心が華やぐような気がした。
シュワシュワと弾ける。まるで微炭酸だ。
「あと、『今日オリジナルやります』とか言わなくていいからね。好きな音楽をあなたの好きなタイミングでして」
ぐーんと伸びをしながら立ち上がる部長の姿が、過去の姿と重なるような気がした。
その姿があの時、昔のコンクールみたいに輝いて見えたのは、きっと全ての音を感情を表したからだと気づいたのはもう少しあとのこと──。
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