第5話 日課と本音

 いつも通り音楽の溢れた部屋で、私はピアノの前に座る。

 今日は、小学校の時のコンクールで弾いた曲でも弾こうかな。

 私は指が動くままに鍵盤を押し動かした。


 そういえば、今日部長が弾いてた曲ってなんていう曲なんだろう。


 部長はどんな楽器もたやすく弾くことができる天才で、その楽器に合う楽曲を選択する。だからアコースティック・ギターを弾くときも、ある程度曲は決まっていて、その多くは弾き語りをしていた。

 でも今日は歌っていなかったし、今まで耳にしたことのない曲だった。


 私はその曲を思い出しながら指を休める。でも頭は必要以上に動いていた。


 もしかして……。


 1つ思い浮かんだ可能性に私の指先に力が入る。

 それはコンクールの時の緊張と似たようなもので、何かに恐れるようだった。


 私の考えにすぎないけれど部長ならやりかねない。

 作曲――。

 部長がしていたのは作曲、自分の音楽を作ろうとしていたのかもしれない。



 ――うらやましかった。

 才能があって、音楽に好かれていえる部長が。

 私だって音を起こすことが好きだから、作曲はずっとしてみたかった。

 でもそこまでの行動力なんてなくて、ううん、できる気がしなかった。

 私より音楽ができる人を見てきたから。

 だから好きな音の並びが浮かんでもメモは取らなかったし、心の隅に作曲への興味を丸め込んだ。


 なのになんでかな。

 私の指はピアノを自由自在に弾いて、音を創ろうとしてるや。

 形にしたがっている。




 その日、私は初めて音を書いた。

 思いついた音の羅列をとりあえず書き起こして、あふれだす音を好きなだけあふれさせた。

 途中から楽譜にする時間も惜しくなって、録音に切り替えた。


 それぐらい音楽に夢中になった。私を奪われた。




 いつ以来だろう。

 こんなに夢中になるのは。

 ピアノを初めて弾いたとき以来かな。

 ううん、このピアノが初めて家に来たとき以来な気がする。

 好きなだけ弾くことが許されたあの時、寝るのも忘れて弾いていたっけ。

 お母さんに怒られたな。


 懐かしい。今もこんなに音が好きなのに、昔の方が好きだった気がする。

 昔の方が結果が出なくて、わだかまりもあって、悔しかったのに……。

 でも、昔の方がピアノに触れる時間だけじゃなくて音楽に触れる時間が長かった。

 小学校までの登下校の時間は高校の2分の1だし、課題の量だって比にならないし……。

 逃げてきたことなんて1回もないけど、音楽と向き合う時間は日に日に減っていたんだ。

 ピアノなんて特にそう。ホルンを始めてからお風呂上がりのこの時間しか触らなかった。


 だから今日は両想いになれた気がした。

 音楽と、楽器と思い合った結果の音な気がしたの。


 きっと湯船に向かって溶かしたのは音楽に対しての不純物だったんだと思う。

 だってこんなに音楽が好きでたまらない。


 今度こそ音にしよう。

 私の心臓ははっきり高鳴って、温度とか外から感じるものなんてなくても、生きている感覚に染まった。

 そして心音のテンポにまた、音を感じていたのだ――。



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