第4話 苦い過去と伝わる温度
私が部長と出会ったのは、ピアノをみんなより楽しく弾いてた頃だった。
あの頃の私はコンクールになると、ミスをしてしまう癖がついていたのだ。
空気感、緊張、証明、視線、焦り……。
様々な熱が私の心を蝕んで、混乱させた。〝空気に飲み込まれる〟という言葉の通り、普段の私じゃなくなるように出したい音が出せなかった。それは練習の意味を感じないほどで……。
思い通りの結果が出ない当時は、ものすごく悔しい思いをしていた。
そんな私が出場した数々のコンクールで、大きくてみんなの欲しがる色を手に入れたのは今の部長だった。私の手に届かないキラキラの笑顔を浮かべた部長の隣で、私はどんな顔をしていたのだろう。
苦い思い出の記憶は断片的だ。でもあの時の吐き出してしまいたいほどの感情はしっかり残っている。だから今でもその解毒剤を探してしまうのだろう。
いつになったら見つかるのかな。みんなはいつ頃理解するのかな。
過去を過去だって割り切れる大人にはまだなれそうにないよ。
ほら、今も手が震えてる。
私はその場から、部長から逃げだすように練習場所に戻った。
私は階段に設置されている手すりを、すがるように掴んだ。そして震えを止めるためにギュッと握りしめる。ひんやりした感覚が手に走った。私はそのままストンとしゃがみ込んで、腕がピンと伸びたまま隠れるように小さくなる。
この手を離してしまえば、後ろに転けてしまうほど体重をかけた。
宙ぶらりん。
ほんと中途半端だな。
自分の気持ちもよくわかんないや。
私の中の過去が、私を翻弄する。ごちゃ混ぜになった感情で目は潤んで、そのまま乾いた。泣きたい気分でも泣けなかった。
その代わり、空は涙していた。けど思い切りのない雨が私を表すようだった──。
帰るにも傘を持っていなかった私は、1回部室へ戻る。楽器を濡らすわけにいかないのだ。だからこっそり部長が使っていない部室に楽器を置いて学校を出る。そして雨に濡れながら小走りで家に向かった。
頬を伝う冷たい液体になんとなく安堵した私は、その水を手で拭わずに顎にためて
肩につかずの髪先にも雨が溜まっていた。
家に帰るとぽっかぽかのお風呂に入った。湯舟に浸かりながら生きていることを実感する。
あたたかい……。
私はお湯に口をつけてブクブクブクと泡を吹いた。
好きにならなきゃよかった。
横溝くんへの想いなのか、音楽に対しての思いなのか分からない感情。
どっちにしろ、声に出せないような思いをお湯の中に溶かしてなかったことにしようとする。
そんな負の感情は頭の働きを鈍らせた。
多分そのせい。
顔を洗い忘れてお風呂から出ちゃったのは。
体を拭き終わってしまったため、私は洗面台で顔を洗った。
冷たい……。
温まった体に対して、蛇口から出たてのお湯はぬるいどころか冷たく感じた。お風呂のお湯は周りの湯気もあるからずいぶんと温かく感じるだろう。
でも冷たくてよかったかもしれない。
私の頭は適度に、ううん、十分冷えた。
だから、私はさっき弱音を吐いたにも関わらず、いつもの日課に向かった。
逃げようとも思えなくなったから──。
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