第40話 コーヒーショップ
ふう、今日もあんまりお客さん来なかったなあ?これは、閉店も視野に入れて資金繰りを考えないと駄目かなあ?
「こんにちは~。表の張り紙を見たんですけど、私を雇っていただけますか?」
「え?張り紙ってバイト募集の奴ね。ごめんな、最近客の入りが悪くて店も閉めるかも知れないんだよ。だから、君が働いてくれても給料を払えないかもしれないよ。悪いことは、言わないから他の職場を探した方がいいよ。
せっかく、可愛いんだし別の店で稼ぎなって」
田舎から出て来たばかりの垢ぬけていない若い女性が、コーヒーショップの店長に雇って欲しいと申し出て来た頃はこんなことが起こるとは思ってもいなかったなあ。
「お願いします、一か月だけでも。もし、店にお客さんが来ないときはバイト代無くてもいいですから。
大丈夫ですよ、私これでもお客さんを呼ぶの上手いですから」
何となく、笑ったバイト志望の娘の笑顔に押されて店長は一か月だけその娘を雇うことにした。
「わかったよ、一か月だけどよろしくね」
「はい、店長。私はローラと申します、よろしくご指導ご鞭撻のほどお願いいたします」
ローラが働きだしてから、急に客足が良くなってコーヒーショップの売り上げは急上昇した。不思議に思って聞いてみると、いつの間にか新メニューを開発しそれが見事に客に好まれたというのだ。
「すごいね、ローラは。コーヒーショップに勤めるのは初めてなんだろう?」
「ええ、店長のご指導が良かったからですよ。あと、売り上げ予測から仕入れを倍にしないと売り切れてしまいますよ」
にこにこしながら、ローラは簡単なグラフを元に説明してくれた。
「ほう、それなら仕入れ先に相談してみるよ。急に倍にしてくれるかはわからないが親身になってくれるはずだ」
「はい、店長お願いしますね」
なんだか、上手くいきそうだ。こんなことは、いつ以来だろうか?
「はい、毎度お世話になってます。ええ、最近売り上げが調子良くて。それで仕入れ量を増やしたいなと相談している次第ですよ。急で悪いんですが、倍は無理として百五十パーセントにできませんか?
え、なんと。新しい豆なら倍にできるんですか、それでお値段は?
わ、そんなに安くなるなら新しい品種の豆で勝負したいと思います。はい、お願いします」
ふう、問屋のヤスさんは頼りになるなあ。
「店長、あの美味しいパンが伝手で手に入りそうなんですけど。任せて貰えます?」
最近では、企画開発、その他マネージメントもこなす優秀なバイトのローラさんが提案してきた。
「え?なんだって! あの最近一気に注目を集めている”街の名もなきパン屋”のパンが手に入るのかい? それは少々割高になってもうちの目玉に置きたいな。また、いつものようにローラさんに任せるよ」
店長としては、いささか頼り過ぎな気もするけれど。俺は全幅の信頼を持ってローラさんに任せることにした。
「はい、実はあのお店に妹が務めてまして。あ、これは内緒ですよ。だから結構無難な価格で提供できると思いますよ。
明日からの販売を楽しみにしていてください!」
おお、最近業界で話題になっているが余りの人気とその正体の知れなさで一部では幻とさえ言われている”街の名もなきパン屋”にコネがあるとか。
マジ、ローラさんバイトの給与で構わないと言ってるけど。良いのかなあ?
「あ、そうそう。店長忘れてましたけど、仕入れ量をもっと増やしましょう!そうですね、とりあえず明日から今日の倍量プッシュですよ!」
「え、そんなに売れそうかな?うちの店はそんな大きくないのに?」
ローラさんが、にっこり笑って即席の資料で説明してくれた。
持ち帰り用の大幅増、例のパンによる相乗効果を加味するとすぐに十倍、百倍の売り上げ増加が見込めるそうだ。
うーん、なんだか夢のようだな。醒めなければいいけど、この夢。あ、発注を何とかしないといけないなあ。
「ヤスさん、明日からの仕入れ量なんだけどまずは倍量を確保してください。はい、もうとんでもない売れ行きなんで。ええ、二日後はまた倍で。
はい、とりあえずはお願いします。はい、ありがとうございます。流石は”仕入れの魔術師”ヤスさんだ。これから、忙しくなりますよ!」
翌日、店を開ける準備をしていたらローラさんの妹を紹介された。
「店長、妹が例のパンを持って来てくれました。どうぞ、試食してください」
「姉がお世話になっております、妹のミラーカです。どうぞ、よろしくお願いします」
「はい、この度は無理を言って貴重なあのパンを分けて頂きましてありがとうございます。では、早速いただきます。
う! こ、これは?」
焼き立てのパンだから、香りが良いのは当たり前だが。小麦の風味が素晴らしい、それに材料のバター、ミルクも上質の物を惜しげもなくふんだんに使っている。 そして、驚異的なのはうちの店で出しているコーヒーに劇的にマッチしている。 こ、こんなことがあるんだろうか?
「凄いです、ミラーカさん。こんなにうちのコーヒーに合うパンがあるなんて!」「そんなに喜んでいただいて、嬉しいですわ」
こうして、十日後にはコーヒーショップの仕入れ量が当初の千倍以上になっていたが。そんなものは単なる始まりに過ぎなかった。
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