第21話 商談

 敵が右から迫ってくる、華麗に躱してコンバットナイフを握る手首を尻尾の一振りではたき落とす。左に現れた男が銃を抜いて何事か喚いていた。

 聞く耳など持たないので、物理的に胸に風穴を開けて無力化した。一息吐いたら、部屋の壁が吹っ飛んで熊が飛び込んできた。急激に体重が増えたのか四つ足で支え切れず腹が床に着き、気付いたら肉球が破れていた。


「ふしゅー!」

『船長、シミュレーション停止します。お疲れさまでした、只今の最大重力は地球の五倍でした』


「ふう、疲れたにゃ。体感的にあの夜の感じだったにゃ。瞬間的に重力を五倍に増加させるとは、恐るべき熊怪人の能力にゃ」


◇◇◇

 宇宙船太陽系マンズーマ・シャムセイヤ制御ルーム


 吾輩は、訓練を切り上げると科学主任の報告を受けていた。正面の大型スクリーンにあの夜の再現映像が表示されているにゃ。


「盗賊は侵入時に、防音結界を張っているみたいね。彼らが力技で金庫を破壊したりしているのに今まで気づかれなかったのもこの所為ね」


 白衣を着たネコさんが、レーザーポインタで割れたホテルの窓を指した。


 なんでも、盗賊は屋上からロープで降下、大胆にも窓ガラスを蹴破って二つの部屋に侵入したそうにゃ。このとき、船のセンサーで重力波の異常を検知しているので防音結界を張る時に重力を制御していると推測できるそうにゃ。


「私が二人の賊を無力化したときに、体内に仕掛けられた自爆用の爆弾で自決したのね。一瞬、私の部屋の防音結界が消失し数ミリ秒後に船長の部屋から防音結界が展張されているわ。

 その後、船長の周囲で重力を五倍に増加させたようね。

 彼の謎の変身能力なんだけど、熊に変身することで身体能力が著しく向上するみたいね。熊の形態では、推定七倍の重力に耐えるみたいだわ」


 ふむ、数ミリ秒で結界を張り吾輩の周りの重力を五倍にしてサマンサを攫っていったのか。敵ながら凄まじい能力、別に褒めはしないけどにゃ。


 スクリーンは、惑星グレイ周辺の表示に切り替わったにゃ。

「当時の記録を精査したところ、惑星グレイから惑星ドルーンへ航行する船が数隻確認できたわ。微かな重力波の揺らぎでしか感知できないのでクレイナ共和国では発見不可能ね」


「ネコさん、ところでサマンサの無事は確認されているのかにゃ?」

「ええ、サマンサのウォレットが借金塗れになっているから盗賊から奴隷商人に引き渡されたのでしょうね」


 ふむ、一応無事なのにゃ。だが、もう一度あの熊怪人と闘うことになっても勝てるのか?吾輩は柄にもなく、弱気になっていたのにゃ。


「まあ、当初の計画どおり平和裏にサマンサを取り戻すわ。今、奴隷商と商談の最中よ。アルドがね」


『船長、話はつきました。明日の夕暮れに惑星ドルーンの発着場近くにある商談スペースで買取ります。奴隷売買の仮契約が締結されましたので他人に横取りされる恐れはありません。代理人として執事ボットを向かわせます、ご心配でしょうが船長たちはここで待機願います』


 アルドが交渉したのなら、まあ問題はないだろう。下手に我々が行って正体がバレるのは避けたいからにゃ。



◇◇◇

 惑星ドルーン 商談スペース


 中年の男がにこやかに我々の代表である執事ボットに応対してくれた。商談の様子は執事ボット経由で我々にも状況が分かるようになっていたにゃ。


『早速ですが、商品を見せて貰えますかな?』


 一瞬、現れた執事ボットの異様な姿に反応の遅れた奴隷商人が非礼を詫びた。

 黒ずくめの薄い木綿の服、顔をベールで隠し額には”勅令隋身保命”と書かれた札が張られ、所謂キョンシースタイルのボットである。


「これは、失礼いたしました。いろいろ代理ボットを拝見してきましたがお客様が群を抜いてユニークでしたので・・・ ・・・」

『我々執事ボットに、気を悪くするなどありませんので問題ないですよ。今回は高額の買物になりますので、仮初にも魂を持ったボットが必要になった訳です。何しろ魂に刻む仮想通貨ですので、ウォレット持ちのボットである私が今回選ばれたのですよ。

 では、商品を確認させて貰えますか?』


「ええ、もちろんです。どうぞ商品をご覧ください。希少な美しい白髪の奴隷です。私も長年この商売をやっていますがこれほど見事な白髪の美女は見たことがありません。

 そして、健康状態もすこぶる良いですよ。ご購入されればご主人も満足されることでしょう」


 奴隷商人が、ボタンを押すと後ろにあった大きな箱が開いて中から美しい女性がが現れた。首には特徴的な奴隷の首輪が嵌められており、簡素な下着姿で立っていたが目立った傷などは見られなかった。


 執事ボットから送られてくる生体データを照合すると間違いなくサマンサであった。健康状態も正常域を表示していた。


『そのまま、一回転してもらえますか?』

 執事ボットの要求に従うよう、奴隷商人が指示を与えるとサマンサは優雅に回って見せた。


『ふむふむ、問題はなさそうですね。この商品をいくらでお譲りいただけますかな?』


「そうですな、今回仕入れにいろいろ経費が掛かっていますので二億霊子でお譲りいたしましょう」

『いや、それは流石に高すぎるでしょう。そうですね、この星の名産品一つと合わせて一億霊子でいかがでしょう?』


 丁々発止の値段交渉の結果、一億二千万霊子でサマンサと名産品の瑠璃色カマキリの化石が封じ込められた琥珀が手に入ったのにゃ。

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