第19話 略奪

 首都ギレル ホテルスカーレット


 ふう。お腹も一杯になったことだし、さて明日というか今夜の襲撃に備えて寝るとしようかにゃ。

 吾輩たちは約二週間の特訓の甲斐もあり、イベント会場を埋めた観客をイリュージョンで魅了し、成功を収めた。その打ち上げとしてささやかな祝杯を挙げたところだったのにゃ。


 打ち上げが終わり吾輩とサマンサは同じ部屋へ、ネコさんが隣の部屋でそれぞれ眠りに就いた。


 


 午前二時頃、それは始まった。


 黒い影が音もなくホテルの屋上に降り立った。




◇◇◇

 惑星ドルーン ベアタッカー本部 数日前


 ふう、あのときは緊張したぜ。ボスに直接会うなんざ駆け出しのチームリーダにとっちゃ異例中の異例だからな。


 暫く待っているとパンダのぬいぐるみを抱いた赤いドレスの女性が入って来た。「待たせたな。攻撃隊月光の雫、二班長ゲイン。まあ、そんなに緊張するな別に取って食おうと言うのではない。お前の評判はとてもいいぞ、そこでだ、ちょっとした指令をお前に与えることにした」


 妙齢の女性がにっこりと微笑んでくれるのは良いものだ。だが、それが俺たち全員の生殺与奪を握っているとしたらあまり有頂天にもなれないよな。


「なんなりと、ボスのためなら」

「明日、クライナ共和国の首都ギレルでイベントが開催される。そこに参加する旅芸人たちを略奪してくるのだ。なんでも大層その手品?そう、イリュージョンというのが見事だそうだ。そして演じる者も美形揃いらしい。その者たちを攫って来るのが今回のお前の使命だ」

 

 ボスが一枚のポスターを拡げると、二人の美女が手品を演じる様子が立体映像で再現されていく。確かに二人の美女は魅力的だ、おまけにシャム猫まで滑稽な小芝居をする仕種が面白い。


「なるほど、これは見てみたくなりますね。ボス、因みにこの猫も攫ってくる必要があるんでしょうか?」


 ボスが可愛く首を左にこてんと傾ける。

「うーん。ゲインが邪魔になったら殺してもいいよ。我らはありふれた犬派・猫派などではなく、あくまでも熊の限界を超え草食を可能としたパンダ派だからな。私も犬猫よりも断然パンダ推しね!」


 肉食から奇跡の草食へ路線変更を成功させ、優雅に暮らすパンダを愛する者は我々の中にも多いがボスがこれほどまでにパンダ愛に溢れているとは、気を付けないとなパンダの悪口とか口走ったら命の保障がないみたいだ。



◇◇◇ 

 ホテルスカーレット 屋上


 俺たち二班は、屋上に降り立つと予め決めてあった手順に従い行動を開始した。つまり、ロープで降下して最上階に宿泊している獲物の部屋の窓で配置に着いた。 どちらの部屋の明かりも消えていた。時間的に既に寝ているのだろう。

「さてと、行くぞ!」


 俺の合図で二人の部下も同時に窓を蹴破って隣の部屋に飛び込んだ。普通ならガラスの割れる音が周囲に鳴り響くが、俺たちは重力制御により空気の震動を抑え、静かに仕事を遂行できる。これが重力の大きな世界に耐えた俺たちべアタッカーが海賊稼業を主産業にできる秘密だ。


「きゃー」

 勘のいい助手を務めていた女、サマンサという名前だったかが、俺の侵入に気付き悲鳴をあげた。隣の部屋ではマジシャンと部下二人のあいだでもみ合ってるような気配がする。早くこっちを片付けて手伝ってやるか。


「大人しくしろ、痛い目に合いたくないだろ?」

「痴漢、不審者、変質者! そんな奴の言うことを聞く人なんていないわ」


 俺は肩を竦めると、一気に距離を詰めて女の腹にパンチを当てた。当てたはずだったのだが白い塊がぶつかって軌道をずらされ空を切った。


 そのとき、隣の部屋が吹き飛んだ?俺は咄嗟に空気の震動を抑える範囲を倍に拡張した。な、何が起こった? 部下の姿は既になかった。


「サマンサ、無事か?」

「あ、ネコさん。はい、なんとか。船長に助けてもらいました」


 助手を助けたのが船長と呼ばれる奴か? そ、そんなことよりも。俺の中で何かが弾けた、部下との絆なんて長くて二年、新人についてはほんの一月くらいだ。

 だが、それがどうした!


「ウォー! ウォー!」


 俺の中で視界が紅く染まった、緊急時のため催眠暗示によって深層心理にまで刻み込まれた獲物、助手の腰を片手で掴むと一気に窓の外へ跳んだ! 夜闇の中を走った。遠くに助手の仲間の叫びが聞こえた。


「サマンサー!」

 

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