第13話 白衣の魔女

 紅茶を飲んで一息ついていたら、上司から呼び出しか?

(嫌な気分だ、どうせ碌でもないことだろう・・・・・・)


「ドロテア男爵、幾分管理が杜撰なようだな。惑星Aの管理官から報告があってね、巨大な昆虫が見つかったそうだ。卿は興味があるのではないかな、何しろ卿は生物化学部門の第一人者だからな?」

「これは、参謀総長閣下・・・・・・ 相変わらずお耳が早いですね、さぞかし情報網に資金を注ぎ込んでおいでのようで。

 ゴキブリの一匹や二匹のことで閣下自らお手を煩わせなくてもよろしいのに」

「ほう、卿の方が情報が早いな。私はゴキブリとは一言も言ってないが・・・・・・」


 しまった、私としたことが何を動揺しているのかしら。やはりこの女、虫が好かないわ。


 通信スクリーンの前には、旧来の血統至上主義を貫く貴族主流派からは金髪の小娘と揶揄される参謀総長が見透かしたように微笑んでいる。自分の美貌が効かない相手は、始末に困るわよね。

 こちとら才能と貢献を買われて下っ端貴族に加えて貰った新参者、向こうは代々由緒正しい侯爵家の御令嬢が先代の急逝で跡目を継ぎ、まさかの優秀さを発揮して参謀総長まで上り詰めた才媛(私だって科学者サイエンティスト、略せば同じサイエンね)、比肩しようもないけれど。


「まあ、そう固くなるな。もう少し上手くやれということだ。卿の開発中の生物兵器は招来我が帝国の重要兵器と成る、その秘密が他国に漏洩するようなことは避けたいのだ」

「はあ、以後気を付けます」


 とりあえず上司に正論で叱責されれば、素直に謝罪をして見せる程度の世渡りは私にもできるのよ。


「そうか、ならば支度せよ。ドロテア伯爵、五分後に宮廷VRに出廷せよ、略式の陞爵式を行う」


 え、ええ?やっぱりこの女に気を許すなんて無理、絶対最後は操り人形、捨て石でサヨナラになっちゃうわ。




***



 宮廷には、内務大臣を始め位極めた文官が左側に並び、右側には将軍たち武官

が並ぶ我が上司である参謀総長殿は武官たちの上座に並んでいた。武官トップの軍務大臣が今回の陞爵式を彼女に丸投げして欠席しているからだ。


 中央に位置する皇帝陛下が座る玉座は空だった。下々の者は皇帝陛下の名前すら知らされていない。貴人の名前を呼ぶのは不敬に当たるからだ。私も貴族の末席に叙されて初めて知った、だからと言って皇帝の名を口にすることなどないと確信していたので覚えてすらいないが・・・・・・


「第十七代中帝国皇帝リン・シャン・カイホウ皇帝陛下、臨場!」


 式典執行官が皇帝陛下の臨場を告げ、続けて私の名前を呼んだ。私は若干緊張しながら玉座の前に進み出る。このとき、絶対皇帝陛下を直視しないのがコツだと言われた。


「生物化学分野の進展における貴殿の画期的な発見及び類稀れな才能による貢献は帝国臣民の鑑である。よってここに帝国伯爵へ任ぜる、第十七代皇帝・・・・・・」


「有難き幸せ」

「うむ、励めよ」

「はっ」


 この瞬間、私の衣装に着けていた男爵を示す銀色の記章が伯爵を示す金色の記章に変化した。

 ふう、たったこれだけのやり取りなんだけど。つ、疲れた。皇帝陛下が姿を消すと列席していた高官たちも三々五々に消えていった。


「ドロテア・バンパネラ伯爵、ちょっと付き合え」


 あ、一人だけ残った参謀総長殿から呼び出しが。早く帰りたい。


 我々は、VR空間の宮廷から貴族の邸宅に移動した。


「卿の領地の件だが、気に入ってたようなので惑星Aにしておいた。直轄領の管理官は、卿の実験機関に異動させておいたから好きに使って良い。

 セキュリティの強化はやっておけよ」

「閣下はなぜ、私に便宜を図ってくれるのですか?」

「卿の力を買っているからだな、人間と他生物との魂の融合。この画期的な発明は計り知れない力を齎してくれるだろう」


 参謀総長が悪戯っぽくウインクした。


「それは、帝国にですか?それとも閣下自身にですか?」

「ふふ、それは我々にだともドロテア」


 こういうところが、油断ならないのよね。あの技術の重要性を私以上に把握し、聞こえ様によっては皇帝に忠誠を誓っていないかのような発言を漏らす人たらしの手管。


 それにしても、ゴキブリ野郎が死んだのは残念ね。もっと教授には生き地獄を味合わせたかったのに。

 まあ、こうして私はドロテア・バンパネラ伯爵となり、実験場に最適な領地も得たのだから一歩前進ね。

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