第10話 探偵は月夜に降り立つ

 ふむ、月夜を美女二人と散策する吾輩は傍から見たらリア充爆発しろなのかにゃ。まあ、吾輩は猫だから些末なことは気にしないにゃ。


「サマンサ、月明かりはあるが明かりも付けないで大丈夫か?」

 吾輩を適度な力加減で抱いている白髪の美人運び屋に聞いてみた。吾輩たち猫にはたとえ月に雲が掛かったとしてもはっきり見えるが、人間の視力ではそうもいかないはずにゃ。


「はい、ネコ船長。ネコさんに貸して貰った眼鏡のお陰で暗闇で船長と隠れん坊しても見つけちゃいますよ」

「ふっ、片手間に造ったものよそれほど尖った機能はないわ。そうね気に入ってくれたのならあげるわよ、サマンサ」

「ありがとうございます」


 自らも眼鏡を掛けた白衣の美女が、やや気前良さげに振舞っていた。そうか、掛かった費用は科学主任の給与から差っ引くとしようかにゃ。


「ここが現場か。確かに夜だと人通りも少ないし、目撃者がいなくても不思議じゃ無いにゃ」


 街の中心部から離れた場所に古い時計台が建っていた。旧領主が昔造った街だが新たに発展した街にほとんどの住人が移動したため廃墟っぽい雰囲気が漂っている。


「失踪者はクラーク、男性、二十六歳、職業、事務員、独身、犯罪歴なし。誘拐するつもりで呼び出すならいい場所ね。まあ、それが殺害目的だったとしても驚きはしないけど」


 白衣の名探偵助手、ネコさんがここを最後に行方不明となった人物の情報を共有してくれたにゃ。主に出掛け前に些末事項に興味が無かった吾輩向けに。よくできた助手であるにゃ。


「どうだサマンサ、何かわかるかにゃ?」


「ダメもとで死者に聞いてみますね。事務員のクラークさんについて知っている方はいますか?どんな些細なことでもいいですよ」


 サマンサがフードを脱いだ。白髪が月光を浴びて銀色の輝きを増した。その光に誘われるように数個の薄く光る塊がサマンサの周りに漂っている。


 今回吾輩たちの切り札的存在である死霊術師のサマンサが周辺の霊魂に向かって、事情聴取を行うのにゃ。死者を操って使役する死霊術は、召喚術と似て非なるものにゃ。

 召喚術が対価を与えて契約した魔人を使役するのに対して、死霊術は死んだ魂を術で縛って使役する違いがある。

 吾輩が知っている例で言えば、ホムンクルスであるソローンが前者で、サマンサが後者である。

 そして魔導の中でも特殊な存在で血統に左右されると言われており希少な存在にゃ。


 普段、吾輩たちには見えない霊魂がそこにあるというのは不思議な気分なのにゃ。光の玉が吾輩に近くに漂って来た。それは、本能の赴くままに吾輩の爪が玉を切裂くのにゃ。

 と、思ったが流石に幽体とか零体らしく吾輩自慢の鋭い爪は何の抵抗も無くすり抜けていった。


「もう船長、霊魂と遊ばないでください!

 あら?」


 光る玉、霊魂が気になるのかサマンサが吾輩から逃れた霊魂がぐるぐる回る場所にしゃがみ込んだ。


「なにか、あるのかサマンサ?」


 サマンサは精神を集中するようにしばらく霊魂が示した場所を見つめていたかと思うと。


「危ない!」


 砂場が盛り上がると砂の中から焦げ茶色の大きな虫が飛び出してサマンサと抱かれている吾輩に迫る。サマンサは、事前に気付いたため大きく後ろに飛び下がったので虫の閉じる顎は空を切ったのにゃ。

 焦げ茶色の昆虫は、中華料理屋なんかでよく見掛けるチャバネゴキブリに非情によく似ていた。だが大きさが通常の何倍も大きく触覚を除く体長が二メートルくらいあったのにゃ。

(仕方ないにゃ、ここは吾輩がやるしか・・・・・・)


「サマンサ、放すのにゃ!」

「え、無茶ですよネコ船長。逃げて!」


 吾輩は、サマンサの腕から飛び出すと自慢の爪で巨大ゴキブリの頭部を引っ掻くとサマンサから離れるように移動したにゃ。

 巨大ゴキブリはさほど痛手を被っていないが、目標を吾輩に定めて向かってきたにゃ。


「しまったにゃ!」

「きゃあ、ネコ船長!」

「 ・・・・・・ 」


 吾輩は、なぜか道端に捨てられたバナナの皮に足を取られて転がってしまったにゃ。背中を付けて、後ろ足で威嚇する吾輩に向かって巨大ゴキブリが巨体に似合わないスピードで迫って来たにゃ。

 吾輩を喰い千切るつもりか不気味な顎が開閉しながら迫る。一般的にゴキブリは体重の50倍の力で噛むことができる、二メートルのゴキブリなら間違いなく吾輩を喰千切れるにゃ。


「にゃいだーキック!」


 月夜に吾輩の目が紅く輝き、高速で交互に繰り出さる後ろ脚が巨大ゴキブリの腹を抉ったにゃ。吹っ飛ぶ巨大ゴキブリは時計塔にぶつかり、落ちて来た。しばらく痙攣していた巨大ゴキブリはやがて動きを止めたにゃ。


「見事ね。自ら弱点の腹を晒し情けなく後ろ足で威嚇しながら敵を誘い、高速の蹴りで止めを刺す。にゃいだーキック、名前からしてふざけているから相手は油断するものね」

「え?あの転んだのもわざとなんですか、ネコ船長。心配したんだから!」

「まあ、ネコさんがバナナの皮なんか出すから演技の必要がなかったにゃ」


 あのときは、焦ったにゃ。まさかバナナの皮で滑るとかどこのコントだよってくらいにゃ。まあ、自然に必殺技に入る特訓を積んだ昔の自分を褒めてやりたいにゃ。


「しかし、そのゴキブリ気になるにゃ。頼めるかにゃサマンサ?」

「はい、喜んでネコ船長」

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