6.因縁の章 惑わしの言霊

 ※微グロ表現あります


 遥か昔、この地域が小さな集落だった頃。

 尊きマジョラン家の血族の中でも容姿・性格・頭脳・身体能力・芸術的センス、さらには話術とカリスマ性。このどれをとっても完璧な者をメルヴェと呼んだ。初代当主様もメルヴェであった。住人たちも彼を慕い、とても平和な治世だったという。


 ある日、奇妙なものたち四人、町外れにふらりと現れた。

 一人は鋭い爪と牙を持つ者。

 一人は姿を様々に変えられる者。

 一人は言葉と歌声で相手を魅了する者。

 もう一人は、この世の者とは思えない姿。


 とても同じ人間だとは思えなかったが、メルヴェ様は彼らを歓迎し、とてもよくしてやった。住人たちも「メルヴェ様が仰るなら」と彼らを受け入れた。

 しかし、彼らはメルヴェ様と住人たちの厚意に無関心だった。親切を当然とするような傲慢な無表情で、用が済めば去れと近寄りがたい雰囲気を醸し出していた。

 この世の者とは思えない姿を持つ者は、彼らの主であるようだった。他の三人は主を守るように常にまわりを囲い、決して集落の人間を近づけまいとしていた。


 メルヴェ様は四人を屋敷に招いた。彼は住民たちと彼らとの関係が良くない事を憂いていたのだ。


「我々に心を開いてはくれまいか」


 メルヴェ様は彼らの主に問いかけた。


「それは無理なことだ」


 主の側に控えていた者が口を開いた。


「立場が違う」

「迫害を恐れるなら、私が皆に言おう。今まで苦労をしてきたのだろう。だが心配しなくてもいい」

「愚か者め」


 主を囲む三人はくすくすと笑う。戸惑うメルヴェ様に主が言った。


「勘違いをするな。私は戻ったのだ、私の領域へ」

「何を……」


 主は一変して、優しい笑顔で言う。


「いや、戯言だ。忘れてくれ。慣れぬ土地ゆえ、我らも気を張っておるのだ。許せ」

「は、はぁ……」

「もう我々の数は少ない。私はほとほと疲れた。出来ることなら、この地で穏やかに余生を暮らしたい」


 主の言葉はメルヴェ様の心にスッと入り込み、静かにその底に溜まった。


「私に任せてくれ。貴方がたのことは私が保証する」


 メルヴェ様の言葉に主は笑みを深めた。


 その後、メルヴェ様は四人に対し、異様なほど目をかけた。四人を屋敷へ住まわせようとしたぐらいだ。マジョラン家一族はこの地に腰を据える前からの決まりごとがある。その一つに、一族以外の者を屋敷に居住を許してはならない、というものがある。彼はそれを当主の権限で消去し、四人を住まわせようとした。だが、主が断ったためその話はなくなったとか。あなた方にここに滞在していただくよう言えるのも、彼がその決まりごとを消したおかげなんですよ。


 さて、メルヴェ様は四人の異邦人のうち、特に主を愛しました。メルヴェ様は妻帯者でしたが、主を愛してしまいました。きっとすでにこの時には彼は主の術に嵌っていたのでしょう。


「貴殿の想いに答えることはできぬ。諦められぬなら、私は消えよう」

「愛してほしいとは言わない!! せめて、側に」

「この私を側女に落として手元に置きたいと? 強欲な奴め」


 主は笑みを消し、メルヴェ様の耳に顔を寄せると囁いた。


「私の愛が欲しいなら、相応の対価を差し出せ。何もないものには欠片もやらぬよ」


 以来、メルヴェ様は人が変わってしまわれた。手始めに主を正妻に据えるべく妻を殺した。騒ぎ立て止めようと邪魔してくるメイドや執事を殺し、そしてそれらの心臓を主に捧げた。運良くメルヴェ様の凶行が住民たちに漏れることはなく、彼が住民たちにまで手をかけなかったのは不幸中の幸いだった。


「たったのこれだけか」


 しかし、主は笑みも顔に浮かべず、メルヴェ様の前で四人の仲間の一人にキスをすると、メルヴェ様を嘲笑った。


「貴殿の子や貴殿の両親、何より貴殿の命が残っているではないか」


 主はメルヴェ様の頬に口づけると、彼の胸に手を当てて言った。


「私に心の臓を撫でてもらいたくはないか」


 その夜、マジョラン邸から炎が上がった。近隣の住民やマジョラン家の命ある者たちは避難が間に合い、死人はなかったが、人々が集まった場所にメルヴェ様の姿はなかった。


「あ、あの者たちの仕業です! 町外れの化け物どもが、私見ました!」

「俺も見ました! 羽を生やした奴!」

「恩知らずの異端どもがやったんだ!」


 避難してきた住民たちの、屋敷の近くに住んでいた者たちが口々に訴えた。黒い翼を生やした者が空から降り立ち、屋敷に火を放った、と。

 人々は憤り、町外れの異邦人たちの小さな家に雪崩れ込んだ。人々は異邦人共を血祭りにあげんとしたが、家はもぬけの殻だった。ただ胸に穴を開け血塗れになったメルヴェ様が床に倒れているだけ。口元に笑みを浮かべているのがさらに異様さを増長させる。彼の心臓はどこにもなかった。

 間もなく、幼くしてマジョランの当主になったメルヴェ様の子は心に決めた。父を操り、父を殺した、異邦人たち、異端をこの世から抹消すると。


 異端は人を誑かし、堕落させ、狂気を植えつけ、死に追いやる。そのような者たちをのさばらせてはなりません。

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