5.因縁の章 二人の魔術師

「彼らの言う異端って、結局何なんだろうね」

「さぁな。それを調べるんだ」


 王立魔術師協会からの要請で、俺と兄さんはマジョラン領、「銀の境界」を訪れた。要請内容はこうだ。


「銀の境界で頻発する失踪事件を解決せよ」


 簡単に言ってくれる。

 何でも何でもお偉い貴族様とつながりのある商人があそこで消えたらしい。情報もほとんどない辺境の地の、きな臭い予感しかしない事件の調査、しかも解決せよと仰せだ。つまり事の子細をはっきりさせ、どうにか決着をつけるまでは帰還するなということだ。

 銀の境界のことは前から気になって調べてはいたけど、こういう命令をされると癪に触るというか何というか。


 王都ではろくに情報を得られなかったので、旅の魔術師を装ってマジョラン領を訪ねた。領民たちに話を聞いてみても、彼らの大好きな領主様一族のことばかり。だが、それもよくよく聞いてみれば、話の端々に「異端」という異質な単語が紛れ込んでいた。


 異端とは、特異な能力を持つ者、姿が普通の人間とはかけ離れている者。銀の民に尋ねて返ってくる答えはおおよそこんなもの。詳しく掘り下げて聞いてみれば、基準は特にないらしい。


 例えば、喧嘩も負け知らずの力自慢の若者。

 例えば、惚れ惚れするような歌声を持つ者。

 例えば、領地一番の俊足の持ち主。

 例えば、この世の者とは思えないほどの美貌を持つ者。

 例えば、未来を見通しているのではないかと思えるほどの頭脳の持ち主。


 遠い国では「魔女狩り」と称して多くの無実の者が処刑されたとか。この地域で蔓延っている「異端狩り」も似たようなものだろう。件の商人は十中八九それに巻き込まれたに違いない。


「なんで! おれは異端なんかじゃ……!」

「黙れ異端め! そうやって言葉で惑わして逃れるつもりだろう! そうやって今まで俺たちの子供に化けていやがったんだな!」


 ある夕方、一人の少年が泣き叫んでいた。親らしき大人は少年を何度も殴りつけ、ようやく少年が大人しくなると衛兵に差し出した。


「マジョランに栄光あれ」

「マジョランに栄光あれ!」

「マジョランに栄光あれ!!」


 親と衛兵、周囲で見ていた領民たちも大合唱のように「マジョランに栄光あれ」と唱えていた。俺は今にも飛び出して止めに入ろうとする兄さんを押さえ、少年が引きずられていくのを見送った。少年には悪いが、異端たちの行方を知るいい機会だ。


「堪えて」

「……、分かっている」


 兄さんは拳を固く握り、低くかすれた声で答えた。兄さんは真面目な人だ。こんな、馬鹿げたものを見せられて、本当は黙ってなんていられないはず。その拳から流れる血を見て、俺は小さく嘆息した。

 俺たちは衛兵の後をつけ、マジョラン家の屋敷の庭園に忍び込んだ。茂みで防音魔法をかけて潜んでいると、身なりのいい男が数人とさっきの衛兵、そしてあの少年がやってきた。一等えらそうなのが領主だろうか。


「それが今回の異端か。能力は」

「水の中を自在に泳ぐ魚のような異端とのことです」

「そうか。確認しろ」


 少年は衛兵に引きずられ、そしてそのまま夜の池に投げ入れられた。ばしゃばしゃと水をかく音がする。あの怪我では溺れているに違いない。だがここから魔法を使おうにも、俺たちの存在がバレかねない。その上、余計に彼が異端であるという疑いを深める可能性もある。


ピキ、パキパキパキ


「なんだ?」


 木の枝が割れるような音がした。その瞬間、少年は水面へ飛びあがった。まるで魚が跳ねるような……。少年の肌は一面きらめく青緑に覆われていた。

 ……どうやら、本当に異形らしい異端もいるようだ。

 その後、縄で縛られた少年は小さな荷車に乗せられ、領地のはずれの森に捨てられた。小さな柵でぐるりと囲われているだけで森を出ることは簡単であろうに、少年は怯えるように一心不乱に森の中心へ向かって走り去った。何か仕掛けがあるのだろうか。

 新たに分かったことがあっても、また謎が増えてしまった。兄さんは酷く消沈していた。


 銀の民にとってこの凶行は単調な毎日に刺激を与えるスパイスの役割を果たしているらしい。領主様への崇拝と、そんな領主様が治める領地に住む領民たちへの羨望を会話に織り込めば、彼らは容易く口を開いた。

 曰く、「異端狩り」は領民たちにとっては日常のスパイス以上に、愛してやまないマジョラン家一族と接触できる唯一の機会。異端を見つけ報告した者は、年の暮れにマジョラン邸へ招待され、当主直々に労われるという。そんな光栄なことはない、と皆うっとりとした顔をしていた。


「理解に苦しむ」

「理解どころかあれは既に手遅れだろ。あの一族を神と崇め奉る勢いじゃないか」

「王を差し置いて?」

「そ。だから非常にまずい」


 これ以上は当事者と話すしかない。

 俺たちは正体を明かし、王立魔術協会所属の魔術師として偉大な領主様への挨拶がしたいと面会を申し入れた。数日待たされはしたが、王の息がかかった魔術師とあっては無視もできなかったのだろう。

 一週間後、俺たちは正式にマジョラン家の屋敷へ招かれることになった。


「王立魔術協会の優秀な魔術師である君たちに異端の駆除をお願いしたい。我が領地の平穏のため、この通りだ」

「……いや、その前に、異端とマジョラン家について教えてほしい」

「なぁんにも知らないのに犯罪の片棒担がされたら困るからね」

「もちろんだ」


 俺たちの言葉に頷いた領主は異端との確執を語り出した。正直、どうも胡散臭い。すべてが嘘ではないのだろうが、すべてが事実でもないのだろう。詐欺師の常套手段に似ている。こいつは信用出来ない。

 洗脳系の魔術にも似た、言葉が耳に入るたびに頭の中をかき混ぜられるような不快感があった。領民の様子を見て洗脳系魔術の使い手や言霊使いの可能性は考えていたが、魔術とは違う、なら言霊か。

 俺は半信半疑で聞いていたが、馬鹿真面目な兄さんは違ったようだ。


「分かった。任せてくれ」

「え、兄さん、引き受けるの?」

「当然だ。当主殿の話は聞いていただろう。何をためらう必要がある?」


 愚かにも惑わされてしまったらしく、そういうや否や立ち上がり、屋敷から出て行った。


「君は我々を助けてはくれないのか?」

「妙な術を使う相手の手伝いはまっぴらだ。俺は俺の決めたことにしか従わない」

「そうか。ならば皆に嫌われないといいな」


 当主は俺の反応が気に入らなかったらしい。あれから何度か依頼を持ち掛けられたが、それを断るごとにあちこちから視線が突き刺さるようになり、時に罵詈雑言、時に投げ石。最近は兄さんも俺を無視するようになった。領地の妙な一体感はやはり洗脳によるものだったらしい。


「操られるなんてごめんだよ」


 俺はリージン・クロード、陰の魔術師。

 誰にも俺は操らせない。

 俺は最初の目的通り「真に助けを待つ者」を助けるんだ。


 +++


秋の初三日:快晴

 我が国の歴史の始め、その成立のすぐ後から存在したという「銀の境界」と呼ばれる領地がある。かの地が何ゆえそう呼ばれるのか、王立図書館で調べても答えは得られなかった。わずかに得られた基礎的な情報について、覚書として以下に記す。

 「銀の境界」は国の南端に位置する領地だ。国内で王都に次いで2番目の広さを誇るその場所は、国境にあるにも関わらず、“まるで何かに守られているかのように”他国からの攻撃を受けたことがない。その領地を治めているのはマジョラン家の者だという。

 マジョランなど、王都では聞いたことがない家名だ。辺境にあるからだろうか。

 これ以上を知りたければ、実際にかの地へ赴く他ないだろう。



秋の中朔日:曇り

 銀の境界に着き、調査を始める。


 領民に尋ねたところ、領主、マジョラン家の一族には温厚な者が多いらしく、住民の要望や相談、提案にも耳を貸し、住民から厚い信頼を得ているようだ。脅されている様子はない。むしろその様子は、最早信仰に近いようにも見える。

 「銀の境界」に住む領民たちやマジョラン家関係者(以下銀の民とする)が忌み嫌い迫害している者たちがいる。その者たちは人知を超えた能力を持つ者、身体の一部または全体が普通の人間とは異なる者の二つに大別される。曰く、「異端」と呼ばれる彼らは、銀の民によって災いをもたらす前に問答無用で殺処分される。

 彼らの話によると、初代マジョラン当主は異端に殺されたという。それゆえマジョラン家の一族は異端を嫌悪しているのだ。当然彼らを慕う領民たちは、異端をマジョラン家の敵と見なし、徹底的に差別するようになったのだろう。

 異端を差し出せば、愛する領主一族との面会が叶い、直接褒賞を与えられる。領民たちにとっては、物質的な褒美より直接面会し言葉を交わせるその機会がまたとないご褒美というわけだ。彼らはにこやかな顔の下で互いを監視し、常に異端を探している。

 ……異端たちは全て異端だったのだろうか?

 事態が更に深刻になる前に、何か手を打たねば。



秋の末日:曇り

 事態はすでに手遅れなまでになっていた。

 領主に面会を取り付ける。



冬の中五日:曇りのち雨

 弟が異端になった

 領主様に差し出さねば

 森へ——(後は読めなくなっている)



――――とある魔術師の手記より

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