第50話 ロボ ③

セミ君。

今の私を取り巻く環境は全て、彼が与えてくれたものだ。

もしあの日、彼が現れてくれなかったならば、きっと私は独りぼっちのロボのまま。


正直な話、恋人である たかくん はいずれ私と離れる未来もあると思う。

それは考えただけで辛いけれど、ありえる未来だと、覚悟はしている。

けれど、セミ君が私を捨てる事は無い。

いや、無いと思いたい。

それに、もしそのような事があったとしても、私は命がけで彼を繋ぎ留める気でいる。

たかくん や、家族にさえ抱かないほどの執着心を、私は彼に抱いている。


私は、彼に対して病的で、盲目的で、猟奇的だ。


自覚をしている。


私にとって彼は恩人であり、弟であり、神だ。


私をロボから人間に戻してくれた、神なんだ。



夏休み明けの登校日、彼は仲睦まじく女と腕を組んで歩いていた。

申し訳無いが、隣りにいた たかくん は最初目に入らなかった。


殺してやろうかと思った。


父を奪ったあの女のように、私から弟を奪う女が許せなかった。

冗談抜きでそう思うくらいに私の中ではどす黒く、轟々と燃え盛る感情が芽生えていた。


放課後、そんな私に向かってセミ君は言った。


「僕と同じように可愛がれ」


と。


そして、「命令」だと。



幸福感しかなかった。

神から啓示が降りたとしか思えなかった。



ハッキリ言おう。


私は、ヤバい。


セミ君のためなら何でも出来る。


まるで王に臣従する忠実な家臣のように。

神を盲信する頭のおかしな信徒のように。



そんな狂気を含んだ私であっても、私は、以前に比べたらだいぶ人間になれた。

そのおかげで、笑う事が出来たし、彼氏だって出来た。


もうロボなんかには戻れないし、戻りたくもない。


それなのに、おかしいよね、セミ君には従順なロボでありたい、そう思ってしまう。

ほんと、矛盾もいい所だ。



そして今、私は文字通り、セミ君のロボットと化していた。

新入部員に対し、どうしても上手く挨拶が出来ない私を、セミ君はミユキングと名付けて後ろから操作している…



夕「じゃミユキングいくよー、始めましてこんにちは、はい!」


深雪「は、始めましてこんにちは…」


夕「コソコソ…さっきよりは全然よくなったよ。けど、もっと可愛いく言って?両手をね、こーやって差し出してね、握手を求めながら、すこーし上目遣いでね?分かった? コソコソ…」


ちょ♡み、耳元で……やばいよ…やん♡セミ君♡


深雪「うん♡わかた♡」


美咲「何これ?羨ましくね?夕さ、私にもミサキングやってよ。」


友紀「ちょ、今部長頑張ってんじゃん。まぁ私は後でユキンガーやってもらうけどね、確実に。」


高志「おれ、ミユキング操作出来るだろうか、免許ないんだけど。」


楓「ちょっとうるさいよみんな。今まだ挨拶終わってないから。てか後でカンダールっていう神田家に伝わる合体ロボ見せてあげるわ。そう、神田家、にね。」


遥「…ハルカンダー、うん!いい♡私もハルカンダーにしてもらお♡」


夕「コホン。うるさいねほんとに。先生2分無駄にしたよ?さて、部長いい?じゃー行くよ?ミユキング、発進!」


深雪「皆様始めましてこんにちは♡セミ君の従順なるロボットのミユキング、こと藤崎 深雪です♡文化交流部の部長をしています♡今日からお二人ともよろしくお願いします♡」


夕&高志「「おぉ…」」


楓「部長、こんにちは!向井 楓です!今日からよろしくお願いしますね♪」


遥「こんにちは♪部長はとても綺麗な方ですね♡私は水野 遥です!今日からよろしくお願いします♪」


夕「良かった!部長すっごく良かった!めちゃくちゃ可愛いかった!凄いぞ!」


深雪「えへへ♡できた♡できた♡」


高志「み、深雪さんきて!きて!」


深雪「たかくーん♡セミ君が可愛いかったって!えへへ♡」


高志「良かったねー!ヨシヨシ。セミ!グッジョブ!」


夕「あはは!楓ちゃん!遥ちゃん!改めて今日からよろしくねー!今日は歓迎会だよ!では美咲、例の物を。」


美咲「はーい!じゃーん!鍋セットでーす♪夏だけど、鍋セットでーす♪」


楓「すごーい!これ!これ!ぽい!高校生っぽい!やったー♡」


遥「お母さん、お父さん、私の青春が始まるよ!!神田君、みんな、ありがとー!!」


深雪「あはは!さぁ可愛い後輩達よ、今日は、騒ぐよー!!」


「「「「「え?!」」」」」




およそ6年もの間、徹底して心を殺してロボを貫いてきた深雪。

それは自ら選択した生き方ではあったが、今まで幸せを感じた事は一度だってなかった。

それ故に、一瞬でそれを壊してみせた夕の存在は、あたかも自身を救ってくれた神のように感じていた。

また、今日彼女は自分は夕の専用ロボである、そう位置づけたことで、先程の挨拶を皮切りに部活メンバーにも本来の自分を出せるようになっていた。

そんな自分に驚きつつも、楽しさが、幸せが、それを上回った。

このことで、また一つ深雪の中で夕の存在が大きくなったのは、夕にとって幸か不幸かはまだ分からない。

しかし、この日の帰り、深雪は久々に母に笑顔で話しかけることが出来たようだった。


「ロボ…上書きしてくれた……♡」


就寝前、一人呟く。

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