第45話 やる時はやる女



「おはよう神田君。」


「あ、おはよう遥ちゃん。昨日は大変だったね。色々とごめんよ。」


「ううん。こちらこそごめんなさい。凄い一日だったけれど、今までで一番泣いて、笑って、嬉しい日だった。」


「そっか。」


「相変わらず、優しく笑うのね。」


「ふふっ。なんだよそれ。」


「罪な笑顔ってことよ。私をこんな風にしたね。」


「僕のせいかー。」


「そうよ。全部神田君のせい。」


「じゃー…どうしよっか。」


「あと少し、このままでいて?」


「うん。わかった。」



朝、登校してから少し経つと、彼は外階段の踊り場に出て、五分ほど外を眺める習慣がある。


前に理由を聞いたら、「なんとなく。」と笑っていた。


少し、寂しげな目をしていたように思った。


美咲ちゃんや友紀ちゃんが一緒の事もあるけれど、いつもは大抵一人なので、今日は思いきって来てみたらやはり一人だった。


やった!


嬉しくて、飛び跳ねたい気持ちを抑えて出来るだけ普段の私を演じて…って普段の自分を演じるってのも変だけれど、と、とにかく落ち着いて話すように心掛けた。


そしたら、なんと、自然に?右肩から腕にかけてピッタリとくっつく事に…成功した。


朝から最高の出だしだよ!ドキドキして口から心臓が飛び出してしまいそうな状態。←今ここ。



「けっこー背大きかったんだね。165cmくらい?」


「163cm。少し大きい方かな。」


「僕は今173cmかな。このままいくと、高3には190cm超える計算。」


「凄いね。多分180cmくらいで止まると思うけれど。」


「僕もさ、実はそんな気もしてた。バスケ部でもあるまいしって。」


「部活関係ないんだよ?ふふふっ♡」


「なんだ、遥ちゃんも優しく笑うじゃん。」


「へへっ、ど、どうかな…。」


「春のようだった。」


「…そ、そう。なんか嬉しいな。」



ヤバいヤバいヤバいヤバいヤバい!


な、なに今の!!すっごい嬉しい!!


褒めてるの?褒めてるよね?春って良いイメージだよね?!喜んでいいのよね?ね?嬉しーい!喜びのダンスを踊り出したい状態。←今ここ。



「か、神田君とこんなに話すの久しぶりね。」


「そう…かな?てかこれで長いの?」


「長いよ。ずっと挨拶くらいだったし。近づけなかったし…。今日は…嬉しい。」


「そう。じゃ毎朝ここで話そっか。遥ちゃんが飽きるまで。」


「う、うん!ほんと?」


「うん。僕も楽しい。あ、そろそろ時間だ。行こ?」


「そ、そうね、行こっか。」



ハァッハァッハァッちょ、ちょっと待って、息がく、苦しい!溺れる、幸せの海で溺れる!ふぅふぅ…。落ち着け、落ち着け…。これは…おそらく…仲良くなろうとしてくれている…私だけまだ関係が浅いから、輪の中に入りやすいように考えてくれている。やさしい…やさしい!ありがとうと叫び出したい状態。←今ここ。



「神田君、ありがとう。また、後でね。」


「あとでね。」



寂しい。でもでも、良かった。凄く良かった。告白して良かった。昨日まで見たくても見れなかった世界が目の前にあった。触れた、たくさん話せた。手には入らないけれど、遠くで見てるなんかよりずっといいもん。神田君は勿論、楓ちゃん達とも早く仲良くなりたい。頑張るぞ♪




楓「夕君おかえり。」



夕「ただいま。」



友紀「階段?今日は長かったね。」



夕「うん。遥ちゃん来てくれたから。」



楓「そか。でも友紀ちゃんの話では、一人が良いって聞いたけど。」



夕「え、別にそんな事ないよ?」



友紀「え?違ったの?黄昏てたじゃん!なんか一人にしてオーラ出してたじゃん!」



夕「あはは!何それ!」



友紀「えー…。気使って損した。」



楓「なーんだ。じゃついてけば良かったー。友紀ちゃんに騙されたー。」



友紀「いやーごめーん。私も美咲ちゃんも完全に勘違いしてたー。」



夕「見て見て、今一人にしてオーラ出してるよ!見える?」



友紀「いや、ただ可愛いだけ。」



楓「仔犬みたいなオーラだよ?」



夕「待って。練習しとくから。また見せるから。悔しいから。」



………………………



放課後、今日こそは楓ちゃんを部長に会わせようと思ったがデートらしい。


美咲と友紀ちゃんは服を買いに行くらしく先に帰った。


なので、部員じゃないけど遥ちゃんを誘って今部室に来た所。


ここならお金も掛からないしクーラーも効くからダベるには最高の環境だ。



夕「ようこそ文化交流部へ。」



楓「ほうほう。広さも十分あって良いね!ゲームとかもあるし、最高だねここ!」



夕「でしょ?僕が目をつむって無作為に選んだんだけど、大当たりだったよ。顧問は川田先生だから楽だしね。」



遥「あの、私も入部出来るかしら。」



夕「もちろん!そう思って連れて来たんだよ?部長いないから今日は見学だけどさ、遥ちゃん帰宅部だからどうかなーって。」



遥「ほんと?!ありがとう神田君!凄く嬉しい!ぜひ入りたい!」



夕「それは良かった!遥ちゃん、僕はこの部に青春するつもりで入ったんだよ?だから沢山思い出作ろう!めちゃくちゃ楽しくて、めちゃくちゃ恥ずかしいやつ。どお?」



遥「大歓迎だよ!私は皆から大和撫子とか、おしとやかって言われるけれど、イメージに合わせなきゃって、なんとなく演じてただけで、本当は全然そんな事なくってさ、結構熱くなるタイプだし、遊ぶの大好きなんだよ?」



夕「熱くなるのは昨日から知ってた!アハハハッ」



楓「私もー!アハハハッ」



遥「いやぁー恥ずかしー!」



夕「青春だよね!」



遥「そうだね!青春!」



楓「こーゆうの私夢見てた。今日は3人だけど、明日は美咲ちゃん達もいるんだもんね。楽しいだろなー♪」



遥「でも、あの無口で有名な部長さんは大丈夫かな。」



楓「あ、あの人ねー。確かにねー。」



夕「大丈夫!部長は僕のこと弟だと思ってるからね、なんとかなるよ。」



楓「夕君にはすっごい話すもんね。夕君に全部任せるね♡」



遥「私もお願いします♡」



夕「おけおけ。あ、クーラー効いてきた。すーずしー。」



楓「ねぇねぇ夕君。気になってたんだけど、朝さ、階段行くのって前からなんでしょ?何で?」



遥「そうね、私が知る限り入学して間もなくからだったよね。ごめんね、ストーカーばりに目で追っていたので…。」



夕「そんな前から好きになってくれてたの?!光栄です!ありがとう。それで、階段はー…えーと…飛行機見てただけ。」



楓「あ…。」



遥「飛行機好きなの?」



夕「あはは!特に飛行機を見たくて見てたんじゃなくてね、あのね、楓ちゃんが帰ってこないかなーって…それだけ。あの時間にさ、必ず飛行機飛んでるのが見えるの。どこ行きなのかも、そもそも着陸なのかも分からないけどね。ただの願掛け的なやつ。今はもう楓ちゃんいるから、意味ないんだけどさ、癖になっちゃった。あははっ」



遥「そうだったんだ…」



楓「………ごめんね夕君。辛い思いをさせてしまった。」



夕「楓ちゃん、泣かないでーヨシヨシ。でも、もうどこにも行かないでね?」



楓「行かない!行く訳ない!ずっと離れないからね?ずっと…ずっとなんだよ?」



夕「嬉しいなー。ありがとう。」



楓「あ、ちょっと夕君危ない!キスしちゃうとこ!」



夕「あ、ほんとだね!ごめん遥ちゃん!」



遥「う……うん。だ、大丈夫。なんとか…耐えた。けど……じゃ…邪魔だよね。」



夕「邪魔な訳ないよ。ただ…僕達はこうだよ?これでもまだ…その…」



遥「いい!いいの!本当は、本当はめちゃめちゃ逃げたい!けど、けど、グスッグスッだって…だって…」



楓「夕君、これでもここに居るのが答えだよ。遥ちゃん、高校、高校生の間だけだけど、それでもいいの?」



遥「うん。いい!同じ高校にいて、諦めるとか、忘れられるほど私の気持ちは軽くないから。それなら、いくら辛くても側にいられる方がずっといい。この気持ちは大事にしたい。」



楓「うん。分かった。ねぇ夕君、もし良かったらさ、遥ちゃん抱きしめてあげて欲しいな。どうかな?」



夕「遥ちゃん。こんなに想ってくれてありがとう。だけど、僕は気持ちには応えられない。僕の全ては楓ちゃんのものだからさ。でも、こんな僕で良ければ、今から君を抱きしめるよ。どうかな。」



遥「お願い。抱きしめて?辛さを超えるくらいに強く。お願い。」



夕「うん。喜んで。」



夕は遥かの顔を自分の胸に押し付けるように抱き寄せ、頭を撫でながらキツく抱いた。


夕も楓も遥も、誰もが胸に苦しさを抱いていた。


遥は嗚咽混じりに泣いていたが、やがて部室には夕の胸に当たる遥の呼吸音のみが聞こえていた。



遥「うへへ♡」



夕「ん?笑った?」



遥「ねぇねぇ神田くん。」



夕「どした?」



むにーっ



楓「あっ。」



遥「いただきました♡」



夕「お、お粗末さまでし…た?」



楓「えーっ!!」



遥「とうっ♡とうっ♡とうっ♡」



夕「わ、ちょそんなに?リクエストになかったけど?!」



楓「何回も!ちょっと離れなさーい!」



遥「やだー!今は私のだもーん♡」



楓「なー!意外としたたかだった!」



夕「うん、大和撫子・卍だね。」




水野 遥、やる時はやる女の模様。

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